2010年07月05日

大地震にあったアレックス

第12回「わんマン賞」童話部門 佳作作品 松田英雄 作

犬嫌いと思っていた母は、実は大の犬好きだった。
そんな家庭にやってきた一匹のシーズー。
「アレックス」と名づけられたその犬を囲んだ幸せな日々が、ある日突然壊れることになった。

……1995年1月17日、阪神淡路大震災……
大災害を通じた、犬と家族の心の繋がりを描いた作品。


シーズーのアレックス


 ママは犬が大好きだって、教えてくれたのはお祖母ちゃんだった。ママはパパと結婚する前にも犬を飼っていたんだって、ママはすごくその犬が好きだったんだって。
 でも私が知っているママは、犬が飼いたいなんて一度も話したことがなかった。私は犬が欲しかったのに、ママがダメだって言うから、一度も犬を飼ったことがなかった。
 小さい頃は私とママはすごく仲良しだった。いつでも一緒で、なんでもお喋りしたから、学校であったことはママは何でも知っていた。でも、大きくなると、友達と秘密の話が増えてママと前ほど仲良しじゃなくなった。だって、好きな男の子の話なんて、ママとはできない・・・ママ、ちょっと寂しそうだった。
 お祖母ちゃんが電話をくれたのは、私の十二歳の誕生日が近くなった日だった。
「カナ、犬ほしないか?」
 いつもは手縫いの洋服や本を買ってくれるお祖母ちゃんが、なぜか今年は「犬が欲しくないか」と聞いてきた。
「欲しい!!犬飼いたい!!」
 お祖母ちゃんは犬をくれるって言ったから、ママにすぐに話した。ママはびっくりして、すぐに電話を変わった。近所にいとこ達と住んでいるお祖母ちゃんは、めったに電話なんてしてこない、ママとお祖母ちゃんは電話で真剣に話し合って、パパがいいって言ったら飼ってもいいって言った。きっとパパは何も言わない、だから家で犬を飼うことになった。
 電話を切ってからずっとニコニコしてた。ずっとママはニコニコしてて、すごく嬉しそうだった。後からお祖母ちゃんが、ママは犬が大好きだって教えてくれた。そして、生まれたばっかりの子犬の写真を持ってきた。
 近づきすぎてピンボケで、犬の顔はよく分からなかったけれど、六匹兄弟で、二匹がメスだって教えてくれた。妹と一緒に写真を見たけれど、母犬の近くに丸い毛玉が六つ並んだ写真か、ピンボケの写真しかなかった。
「ネズミじゃないの!!」
 ママは嫌そうな声を出した。ママは犬は好きだけれど、ネズミは大嫌いだった。生まれたばっかりの子犬は、目も開いてなくて毛が短くて、ネズミみたいだった。でも母犬はちゃんと犬の形をしていた。毛が長くて、目が青く光っていて、テレビのコマーシャルで見る犬みたいだった。
「シーズーって言う種類なんだって」
 雑誌モデルみたいに毛が長くて、きれいな犬だってママが言ってた。大きくなっても小さいから、ずっと抱っこできるんだって、だからずっと可愛いんだって。
 ママ、写真を見ながら嫌だって言ったけれど笑ってた。
 写真を見て、背中の模様しか見えなかったけれど、真ん中の茶色い毛の犬がいいねって話してた。お祖母ちゃんがメスはもう貰い手がいるから、オスしかいないってちょっと困った顔をした。
「男の子の方がいいわよ」
 家は私と妹だけだから、ママは犬くらいはオスがいいって。
 名前はママが付けた。アレックスって言うの。ママが格好良い名前だからって、アレックスって決めた。
 本当はパパが、自分と同じ名前にするって言ったけれど、そんなの変だからって多数決で決めた。だって、アレックスのほうが格好良いもん。でも写真のアレックスは小さくて、全然強そうじゃなかったけれど、それでも男の子だから格好良い方がいいに決まってる、って思った。
 アレックスのママ犬の飼い主さんは、もうちょっと大きくなったらアレックスを見に来ても良いよって、言ってくれたんだって。まだ小さい赤ちゃんで、バイキンをやっつける力がないから、あんまりたくさんの人が見に行ったら疲れちゃうし、バイキンが入って病気になるからだってママが言ってた。だから、家族みんなでアレックスに逢える日を楽しみにして待つことにした。ママ犬の飼い主さんに名前はアックスにするって言ったら、良い名前だって言ってくれたってママが言うので、ちょっぴり自慢だった。
 ママと妹は、私がお絵かき教室に行ってる間に、アレックスを見に行ったんだって。写真をもらった時よりも大きくなっていて、ちゃんと犬の形になってたって。まだ目が開いたばっかりで、ちゃんと歩けなくて、めちゃくちゃ可愛かったんだって。
 みんなでママ犬のおっぱいを飲んで、お昼寝して、フワフワやってんて。
 アレックスが家に来るのは、私も妹もみんながいる日で、おっぱいを飲まなくなってからなんだって決まった。もうちょっとしたら、アレックスはまた大きくなって、家に来ても一匹で暮らしても大丈夫なんだって。まだ赤ちゃんだけれど、それでももうママ犬や兄弟と離れても大丈夫だって、ママがママ犬の飼い主さんから聞いてきた。
 ママも妹も私もすごく楽しみで、アレックスが来る日のために、いっぱい用意をした。ママが朝、ゴミを捨てに行ったら、ゴミ捨て場に大きなカゴが捨ててあったんやって。ママがそれを拾ってきた。
「アレックスのベッドにしたら可愛いでしょ?」
 新聞紙や小さい頃の人形の布団やら敷いて、アレックスのベッドを作った。大きなカゴに寝たら、きっとお人形みたいで可愛いって、ママが言ってた。
 それから一週間して、アレックスをもらってくる日が来た。前にピアノの発表会でもらった花束が入っていたカゴに入れて、アレックスを連れて帰ってくることにした。まだ小さい赤ちゃんだから、歩いて帰って来られないって、ママ犬の飼い主さんが言っていたから。
 ママと妹と私で、歩いてママ犬の飼い主さんの家に行った。私は初めて行ったけれど、細長い家の三階のリビングの端っこにあるダンボールの中に、いっぱい子犬がいた。クンクン鳴きながらヨチヨチ歩いて、重なったり離れたり、ピンク色の舌をペロペロ出していて、まだ真っ直ぐ歩けなかった。
「この子がアレックスよ」
 ママ犬の飼い主さんが、背中の模様が一番濃い子を抱っこして見せてくれた。アレックスは眠たそうな顔をして、手足を一生懸命にバタバタさせて、ママ犬のほうに行こうとしていた。手足は靴下を履いたみたいに真っ白で、尻尾の先っぽも真っ白、顔は黒とこげ茶色の毛がいっぱいで、背中は茶色、手足の肉球はピンク色で、何だかフニャフニャ鳴いていた。床に降ろされるとママ犬のほうにヨチヨチと走っていって、おっぱいを飲もうとしてお腹の下に顔を突っ込んでた。ママ犬はちょっと怒って唸った。
「ラブ、もう最後だから吸わせてあげて」
 ママ犬の飼い主さんが言ったら、ママ犬が大人しくなったから、アレックスはママ犬のおっぱいを飲んだ。他の兄弟はもうおっぱいばっかり飲まないのに。アレックスはずっと最後までおっぱいを飲む子なんだって。
 ママ犬の飼い主さんが離乳食をくれた。後二週間もしたら、アレックスは子犬用のドッグフードを食べていいんだって言って、抱っこさせてくれた。フワフワで温かくて、ピンクの舌で私の手を舐めた。
「家族みんなで、可愛がります」
 そう言ってママが頭を下げた。
 アレックスは思ったよりもずっと大きくなっていて、せっかく持って来た、花束のカゴには入らなかった。もうヨチヨチと歩くし、尻尾も振るし、カゴからはみ出したら危ないから、家まで私が抱っこして帰ることにした。道路を歩いたことがないから、紐をつけてもちゃんと歩いて帰らないんだって。道路にアレックスが落ちないように抱っこしたけれど、アレックスはあったかくて、五月なのに腕に汗をかきそうで、フワフワの毛がくすぐったかった。
 大きな道路に来ると、それまで大人しかったアレックスがクンクンと鳴いて、私の腕の中から出て行こうとして暴れた。アレックスを落とさないように抱っこしなおしたけれど、アレックスは全然言うことを聞かなくて、ママ犬のところに帰ろうとした。
「きっと車の音が怖いのよ」
 道路には右に左に、たくさんの車が走っていて、トラックが通った後には黒い煙といやな臭いがして、クラクションが頭に響いた。ママはアレックスの小さな耳を手で押さえて、優しく頭をなでた。
「犬は、人間よりも耳が聞こえるのよ」
 それでもアレックスは全然泣き止まなかったけれど、大きな目玉がずっとママを見ていて、ママも家に帰るまでずっとアレックスを撫でていた。だから帰りにアレックスを見せに行ったお祖母ちゃんの家でも、ママはアレックスを撫でながら、お祖母ちゃんを玄関から呼んだ。
「言ったやろ、ママは犬が大好きなんやで」
 お祖母ちゃんはアレックスを見て、チビ助やって言った。でもママは、すごく嬉しそうに、ずっとアレックスを撫でていて、家に帰ると拾ってきた大きなカゴにアレックスを寝かせて、子守歌を歌っていた。アレックスはママの手をペロペロと舐めながら、ゆっくりと目を閉じて、動かなくなって、鼻からピーピーと音を立てて眠ってしまった。


 アレックスは家に来た時、お手やおかわりはもちろん、トイレも出来なかった。だから、いつもオシッコやウンチをもらしていた。トイレをした後はご飯を食べるとすぐに寝ちゃう・・・私が見る時はいつでもお昼寝をしていた。
「まだ赤ちゃんだから、仕方ないのよ」
 ママはそう言って、アレックスに子守唄を歌って、その後はトイレの掃除をしていた。私も妹もちょっと大きくなって、ママは自由な時間が出来たはずなのに、アレックスの世話ばかりをしていてすごく楽しそうだった。
「早くおトイレが出来るようになろうね」
 アレックスはトイレと決められた場所ではめったにしなかったけれど、その近くでトイレをしただけでママは褒めた。トイレの周りにたくさん新聞紙を敷いて、ちょっとずつアレックスはその新聞紙でオシッコをするようになった。そうしたら、ママはちょっとずつ新聞紙を小さくする・・・アレックスはトイレをすると尻尾を振って、ママのところに走っていった。
「お利口ね、アレちゃんは本当にお利口さん!!」
 ママが褒めるから、アレックスはますます喜んで、ママの顔を必死に舐めた。二週間もすると、アレックスがトイレの場所を覚えて、ママは大喜びだった。妹も私も、アレックスがママの顔を舐め終わったら、いっぱい褒めてあげなくちゃいけなかった。ママが、アレックスが喜ぶからって言うので、家族中がみんなアレックスを褒めた。
 アレックスは電池が入ったお人形みたいで、いつもママの足の周りをウロウロしてて、ママはいつもアレックスに話しかけてる。
「はいはいアレちゃん、ちょっと待っててね・・・お母さんすぐにご用事が終るからね」
 ママと遊びたくなったら、アレックスはオモチャ箱からホネの形のオモチャを持って来て、ママの足元に置く。ママは皿を洗い終わったり、洗濯物を干し終わったら、エプロンで手を拭いた後にオモチャを投げた。アレックスは走って取りに行って、またママの近くに持ってくる。次第にママが投げるのが待ちきれなくなったら、アレックスはママが持っているのと反対側のオモチャに飛びついた。
「アレックスの一本釣り!!」
 オモチャごと食いついたアレックスを持ち上げるようにして、ママとアレックスは遊んでいた。アレックスは必死にママにしがみついて、尻尾がプロペラになって飛んでいきそうなくらい、激しく振っていた。
 私達が学校に行っている間、ママはアレックスと毎日二人で留守番をしていた。ママはアレックスを赤ちゃんみたいに抱っこして、庭に出て空や、車や、花を見せていた。
「アレちゃん見て、お空に飛行機が飛んでるね、見える?道路を走っているのは車よ、早いでしょ?お花がキレイね、いい匂いでしょ?」
 まるで生まれたばかりの赤ちゃんみたいに、アレックスはママに抱っこされながら、空や車を見ていた。ママの言葉の通りに目が動いて、鼻が動いて匂いをかいでいた。家の前を通る人は、みんなママが人間の赤ちゃんを抱っこしていると思っていたみたい。
 夏になる頃には、アレックスはすっかり自分がママの本当の子供だと思っていた。ママもいつもアレックスのそばにいて、耳の毛にリボンをしたり、尻尾にブラシをかけたりしていた。アレックスは喉を鳴らしてグーグー鳴いて、ママの膝に頭を乗せる。毎日仲良くしていて、妹はやきもちを焼いた。
 でも夏が来て暑くなる前から、ママは時々お腹が痛くなるようになった。細い体を折り曲げて、時々じっと座り込んでしまう。その度にアレックスがママの顔を覗き込んで、一生懸命に顔を舐めた。最初はちょっと休んだらすぐに起き上がっていたのに、お腹が痛くなる時間はちょっとずつ長くなって、痛くなる回数も増えた。二日に一回だったのが毎日になり、一日一回が二度になった。アレックスはママの周りをグルグル回りながら、ママに向かって鳴いていた。
 私もママの背中をさすったり、泣いたりしたけれど、ママは苦しそうな顔を上げて
「大丈夫」
 と言うだけで、またすぐに痛そうに座り込んだり、ひどい時はずっと寝ていた。
 ママは色んなことをいっぱいがまんしててストレスが溜まったんだって、だからお腹の中にある胆のうに石がたままってしまったって、何日かしてお祖母ちゃんが言った。だからママは、入院して手術して、お医者さんに石を取ってもらわないといけないんだって。
 ママが入院したのは、夏休みに入ってすぐだった。アレックスは寝たきりになったママのすぐそばで一緒に寝ていたけれど、ママが大きなバックに着替えや歯ブラシを入れて出て行くのを、不思議な顔をして玄関から見ていた。
 その日、ママは帰って来なかったのに、真っ暗になってもアレックスは玄関の靴箱の下に入り込んで、ママの帰りを待っているみたいだった。時々悲しそうな声で甘えたい時の鳴き方をしたけれど、私にも妹にも、もちろんパパにも甘えたり舐めたりしてこなかった。ママは手術して、すっかり元気になるまで帰って来なかったけれど、アレックスは毎日玄関で寝ていて、夜になっても誰のそばにも来なかった。
 病院にいるママのお見舞いに行くと、ママはいつもアレックスのことを聞いた。
「アレちゃんは何をしてる?」
「毎日玄関で寝てるよ、靴箱の下にいる」
「あそこは涼しいから・・・」
「また体重が重たくなったよ」
 力なく笑うママは、ベッドから起き上がることもなく、手術の直ぐ後は全然喋らなくなった。そんなママを見てると、私は泣きたくなる・・・ママ、お腹を切るくらいに痛かったのに、どうして今も痛いんだろう。
 涙が出そうになった。ママが痛そうに顔をしかめて、私と妹を見た。妹は半分泣きそうな顔をしてママのそばに座っていたけれど、私からは背中しか見えなかった。でも今にも泣きそうな声でママに返事をして、いつもはたくさんおしゃべりしてるのに、病院では静かだった。私も何にも言えなくて、痛そうにしているママを見ている内に、目の奥がジンジンしてきて涙が出てきそうだった。
「ママ、痛いの?」
 妹が聞くとママは笑おうとしたけれど、お腹が痛くて変な顔になった。
「もうすぐ治るから、大丈夫」
 ママは毎日ヒマで、テレビもお金がかかるから寝るしか出来ない、テレビは二時間ドラマのサスペンスを観るだけ、って言って退屈そうにしていた。ママは病院に子犬の育て方を書いた本を持って行って、しつけやお手入れ方法を勉強していた。
 ママは十日間ほど入院したけれど、まだ時々傷が痛むと言いながら退院した。真夏の暑い日で、太陽がカンカンに照っていた。妹とパパと一緒に病院に迎えに行って、ママの大きなバックを持って帰って来た。ママはまだ少ししんどそうだったけれど、私も妹もママが帰って来ることが嬉しくて、タクシーの中でもずっとママの手を握っていた。
 アレックスはママが帰って来ないことが分かると、もう玄関では待たなくなっていた。玄関の靴箱の下にもぐり込んで毎日寝ていた。もうクンクン泣きもしなければ、ママを探して家を歩き回りもしなくなっていた。ママ犬や兄弟犬と別れたことを忘れたように、ママのことを忘れたのかもしれない。だって家に来た時も、最初はママ犬を探して鳴いていたけれど、三日もしたら鳴かなくなったから。
 タクシーが家に着くとパパが門を開けて、妹と私がママの手をつないで扉を開けた。ママの体が心配だったから、玄関の扉は私が開けた。すると薄暗かった玄関いっぱいに太陽の光が差し込んで、明るくなった。廊下にも玄関にもアレックスの姿はない。
「アレちゃんは?」
 玄関を見渡すようにしてママが言うと、靴箱の下からガサガサと音がした。靴がぶつかる音や、爪がタイルを引っかく音がして、まぶしそうに目を細めながらアレックスが顔だけを出した。小さな体はすっぽりと靴箱の下に入っていて、顔だけが生首みたいに飛び出していた。
 最初はまぶしそうに目を細めていたアレックスは目が開くと、不思議そうな顔をしてママをジッと見つめた。確かめるようにジッと見て、声も出さない。ワンと鳴いたらママが消えて、夢が覚めると思ったのかもしれない。
「アレちゃん?」
 ママが呼ぶと、弾丸みたいになったアレックスがママの足元に突進してきた。尻尾がち切れそうなほど左右に振られて、まるで円を描いているようになっている。小さなピンクの舌を覗かせながら、一生懸命に甘えた声で鳴いて、ママに飛びつこうと前足を上げた。
「アレ!!お母さんはまだ病気だから」
 誰もパパの言うことなんて聞かなかった。ママは体をかがめるとアレックスはママの顔に飛びついて、ママの顔中を舐めだした。このまま舐め続けたら、ママが溶けちゃうんじゃないかと心配になったくらい。アレックスは真剣で、ママは涙を流してよだれと一緒になって顔がグチャグチャになった。アレックスは、ママ犬を忘れても、ママのことは覚えていた。


 アレックスの問題に気付いたのは、生後半年の検診が終わった時だった。すっかり散歩が好きな普通の犬になったアレックスは、ママと散歩に行くんだと、大喜びで病院まで歩いて行った。
 動物病院のお医者さんは、ママが結婚する前に犬を飼っていた時から診てもらっていた先生で、めがねをかけた顔が大きなお腹がある体に乗っていた。初めての検診も、予防注射もこの先生だった。
 不思議なことに、アレックスは動物病院がきらいじゃなかった。初めての注射もフニャって変な声を出しただけで、痛がりもしなかった。きっと動物病院の助手の先生が優しい女の先生だから、だからきっと尻尾を振ったんだ。アレックスは女の人が好きだった。子供はあんまり好きじゃなかったけれど・・・。
 いつものように、いやがりもせずにアレックスは診療台に乗って、健康診断を受けた。体重計になっている診療台が、六.五キロになっているのは、間違いではない。
 ママが読んでいたシーズーの育て方の本には、大人になっても体重は七キロくらいって書いてあった。でも、アレックスは生後半年の赤ちゃんなのに、なんで大人と同じくらいの体重があるんだろう。犬のほうが早く大人になるって聞いたけれど、それでもあまりにも大きいかもしれない。
「太りすぎやな」
 先生は何でもないと言ったけれど、アレックスは太りすぎと言うよりも、骨格が大きいから、赤ちゃんでも大人と同じ大きさになっちゃったんだって。人間で言う、スポーツ選手みたいなものだって言ったけれど、だったら相撲さんみたいな体だってことかな・・・。
 そう言えば、アレックスは夏休みになる前、初めて動物美容院に行った。ママの友達がいつも犬を連れて行くところで、カットしてる様子が透明のガラス越しに見れた。
「生後半年のシーズーが来てるでしょう?」
 ママの友達は様子を見に行ってくれたんだって。生後半年って聞いて、お店にいた人たちはみんな見たがったって。アレックスはお人形みたいに可愛かったから、それも仕方ない。
 でも、誰もアレックスが本当に生後半年なんて信じなかった、って言ってた。
「この子は大きくなるわよ・・・」
 ママの友達は、アレックスの足の裏の肉球を見て言ったけれど、アレックスがお相撲さんみたいだってことなのかな・・・。
 動物病院の先生の一言で、アレックスはダイエットをすることになった。決してデブデブに太っているわけではないけれど、シーズー犬にしては体が大きいから、体重が増えないようにしたほうが良いって。今まではお腹がプックリとふくれるまでご飯を食べていたのに、ママはアレックスの一日のご飯を紙コップ一杯として、料理用の計りで計って一日二回に分けて食べさせることにした。子犬用のドックフードがダイエット用のドッグフードになった。太りすぎだと心臓の病気になることもあるし、長生きしない犬が多いんだって。だからママは、アレックスにダイエットをさせた。
 最初の頃、ご飯が足りなくなったからアレックスは怒った。ご飯を食べ終わると器の前で大きな声で鳴いた。力一杯にワンッて鳴きながら、お尻を高く上げて、頭を下げて床スレスレに下げた。尻尾を高く振り上げて、ねだるみたいに上目遣いでご飯をねだる。
「アレちゃん、これだけしかないの」
 ママはアレックスが鳴いても怒っても、絶対にご飯をあげなかった。飼い主の中には、可愛そうだって言って犬の体に悪い人間の食べ物をあげる人もいるけれど、ママはアレックスの健康のためだからって言って、絶対に人間のご飯は食べさせなかった。
 代わりに、アレックスの体が丈夫になるようにって、猫用の出汁雑魚をご飯に入れていた。お味噌汁や煮物の出汁をとる魚だって聞いたけれど、全然いい匂いがしない。
 なのに、アレックスは凄く美味しそうに食べる。偉そうな顔をして、私と妹に見せびらかすみたいに食べる。
「アレちゃんのご飯が一番美味しいのよ、お姉ちゃん達のは、全然美味しくないの、アレちゃんだけご馳走なのよ」
 ママはそう言ってアレックスに言い聞かせていたから、アレックスはますます偉そうな顔をしてご飯を食べるようになった。
 雑魚のほかには、アレックスのご飯にはキャベツや大根が入っていた。特にアレックスは大根が好きで、ママは夏でも大根を買っていた。アスパラガスと大根と雑魚、変な匂いのドックフードがちょっとだけ入って、冷たい牛乳が少しだけかかっていてグチャグチャのご飯・・・全然美味しそうじゃないのに、アレックスはすごい勢いで食べていた。どうして美味しいんだろう・・・。
 私も妹も、匂いをかいだだけでウエッってなって、絶対に食べたいなんて思わない。だって、変な匂いもして美味しくなさそうだもん。アレックスは美味しそうに毎日食べていた。
 食べていたけれども・・・毎日同じ物を食べているから飽きたのか、次第に食べなくなっていった。ママは時々、本当に時々だけれどお肉を食べさせたりしていた。それでも、アレックスはご飯を食べなくなった。
 代わりにお肉や犬のお菓子を食べたがって、またお尻と尻尾を太赤く突き出して、頭を下げて上目遣いでのおねだりポーズで、お肉やお菓子をねだった。時々、お肉やお菓子を入れるまでご飯を食べない時もあった。
 それでもママは、絶対にアレックスにお肉もお菓子もあげなかった。
「これだけしかないの!!」
 そう言って、アレックスの体にいいものしかお皿に入れなかったから、好ききらいをしたアレックスが一日ご飯を食べない日もあった。
 それでもママはお皿にお肉もお菓子も入れなかったから、お腹がすいてがまんできなくなったアレックスは、我慢してダイエットのご飯を食べるようになった。
 お腹がすいたアレックスはがまんが出来なくなったのか、家具をかじるようになった。玄関にあるコート掛けが好きで、足を伸ばして床に寝そべりながら、コート掛けの足をかじっていた。
 ある日、アレックスがまたコート掛けをかじっていた。今日もかじっているなぁってほっておいた。私が図書館から借りて来た本や自分のベットになっている果物カゴ、何でもかじるから、もう誰も気にしなくなっていた。
 でも、アレックスがかじっているコート掛けが赤くなっているのに気が付いた。
「ママ!!ママ〜、アレックスの口から血が出てる!!」
 私がママを呼びに走ると、妹も一緒になって、ママはアレックスのところまで飛んできた。台所から玄関は遠いのに、ママは三歩くらいで走ってきたかと思うほど速くて、妹が来た時にはもうママはアレックスの口を無理やりこじ開けていた。
「あぁ・・・歯が生え変わるのね」
 人間の小さい子供が赤ちゃんの歯から大人の歯に変わるように、犬も赤ちゃんの歯から大人の歯に生え変わるんだって。アレックスの口には、赤ちゃんの歯の下から大人の歯がのぞいていて、歯茎に赤ちゃんの歯がぶら下がっていた。無理やり口をあけさせられて、口の中をのぞかれるのが気に入らなかったアレックスは頭を左右に振っていやがったけれど、ママは放さなかった。
「アレちゃんの初めて生え変わった歯だから、大事にしないとね」
 ママは私や妹の初めて生え変わった歯も大事にしている。透明なケースに入れて、宝物みたいになおしてあるけれど、アレックスの歯も同じように透明のケースに入れて大事に引き出しの奥になおした。その間も、アレックスは歯が生えてくるのがかゆいから、コート掛けをずっとかじっていた。
「そんなにかみたいならかんで良いよ」
 妹はアレックスが噛むためにって、ベッドの果物カゴに割ばしを入れた。でもおはしだと細くて痒さが止まらないのか、アレックスは割ばしを噛まなかった。
「アレちゃんも、大人になるのね」
 ママはアレックスを撫でてやると、アレックスは家具を噛むのをやめて、ママのあごと首を舐めた。
 大人の歯になったアレックスはますます歯が丈夫になって、家具をかじった。ご飯はやっぱり足りないみたいで、とうとうお皿もかじってしまった。アレックスのご飯を入れるお皿は水色のプラスチックのお皿だったけれど、アレックスがかじるからバリバリに砕けて割れてしまった。
「ママ〜、アレックスがお皿を食べちゃってる!!」
「アレちゃん!!お皿は食べられないのよ」
 アレックスはお皿を三度もかじって割ってしまい、ママはとうとうアルミ製の銀色の固いお皿を買ってきた。それからアレックスは、お皿をかじらなくなった。


 夏が終って、葉っぱが赤や黄色に色づいてきた。夜は虫の声が聞こえてきて、玄関の靴箱の下で寝ていたアレックスが、ちょっとずつリビングの方へと体を動かして、次第にママの膝の上で寝るようになった。
 散歩に行くと、地面は落ち葉がカーペットの様に重なって積もっていて、アレックスの肉球が落ち葉を踏む音と、私のスニーカーが落ち葉を踏む音が合わさって、合唱をしているみたいだった。だんだん風が冷たくなってきて、私の吐く息が白くなると、アレックスの吐く息も白くなった。小さな鼻をヒクヒクさせてアレックスがくしゃみをすると、くしゃみが大きすぎて、その勢いで体が前にこけてしまう。いつも自分の大きなくしゃみにおどろいて、目玉をお皿みたいにしていた。
 その頃には、ママはリビングにこたつを出した。アレックスがいつも寝ているところにこたつを出したら、アレックスが寝られなくなるって心配していたけれど、アレックスはこたつが大好きだった。ホットカーペットの上で猫みたいに丸くなっていたけれど、こたつを出すとすぐにもぐって行った。こたつの布団には、アレックスが突っ込んでいった後に穴が開いていて、中を覗くと緑色に光るアレックスの目玉が見えた。
「アレちゃんはどこかな?イナイイナイバァ〜」
 ママはいつもアレックスと遊んでいて、よろこんだアレックスがこたつから飛び出して、ママの顔を舐めようと飛びつく。二人はずっとこたつで昼寝をしていて、毎日一緒にこたつに入っていた。
 私と妹はアレックスがこたつに入った穴を見つけると、その穴をふさいで、足と手を使ってこたつの布団を押さえつけて、アレックスが出られないようにした。アレックスは真っ暗になると怖がって、慌てて出ようとするけれど、どこの布団も私と妹が抑えていてアレックスは出られない。ママを呼ぼうとクンクンと甘えた声を出す。そうするとすぐに出さないと、ママが飛んできて私達を怒る。
「お姉ちゃん達、仲良くしなさい!!弟をいじめちゃダメでしょ!!」
 こたつから転がるようにして出たアレックスはママの足の後ろに隠れて、自慢そうな顔をして私達を見る。ママに告げ口をさせたら、アレックスが一番だったから、妹と二人でお腹にデコピンしてやった。
 クリスマスが近くなると、アレックスは出窓に飾ったクリスマスツリーを変な顔をして見ていた。
「キレイやろ?電機の色が変わるんだよ」
 ツリーに飾られたライトの色を変えるスイッチを押すと、ライトは赤から緑、黄色に変わった。なのにアレックスは驚きもせず、相変わらず変な顔をしてツリーを見ていた。
 ママは毎年、クリスマスの前から来年のためのカレンダーを作る。小さな布を沢山縫い合わせたカレンダーで、パッチワークって言うらしい。それには家族の誕生日がししゅうで囲まれていた。来年のカレンダーには、アレックスの誕生日も赤い糸のししゅうで囲まれていた。
「ねぇママ」
 ママはクリスマスの飾りを付けながら返事をした。
「何?」
「アレックスにも、サンタさん来てくれるのかな?」
「どうして?」
「アレックス犬やし、今年生まれたばっかりなのに、サンタさん知ってるかな?」
 妹と私だけプレゼントを貰って、アレックスに何もなかったらかわいそうだから、私達二人はずっと気になっていた。
「来るわよ、アレちゃんはお利口さんだもん」
 でもアレックスは夏に家具をかじったし、ダイエットしなくちゃいけないくらい大きいし、今は体重が八キロにもなってしまった。
「それに、アレちゃんに意地悪ばっかりするから、お姉ちゃん達には来ないかもね」
「アレックスは犬やから、意地悪にはならへん」
「アレちゃんは犬じゃないの、ママの子供なの!!」
 ママはそう言ったけれど、アレックスはやっぱり犬だから、クリスマスプレゼントがないかもしれない・・・。
 十二月二十四日は家族でママの作ったミートローフを食べて、クリスマスケーキを食べて、クリスマスの歌を歌った。アレックスもママに少しだけ鶏肉を貰って食べた。本当はクリスマスのとんがり帽子をかぶせたかったのに、帽子が大きすぎて、アレックスの顔が全部入っちゃったのでやめた。クラッカーを鳴らすとパニックになって走り出して、ママが抱っこすると肩までよじ登った。面白いので、アレックスに向けて妹とクラッカーを鳴らすと、ママに怒られた。
 でもやっぱり心配で、アレックスのプレゼントのことを考えながら寝たけれど、朝起きるとご飯を食べるテーブルの上に、ホネの形をした犬のお菓子があった。
「アレックスにもサンタさん来たんだ!!」
 赤いリボンが付けられた袋からお菓子を出すと、まだ眠い顔をしたアレックスがヨチヨチと歩いてきた。お菓子を目の前に出すと、うれしそうに駆け寄ってきて噛みつくから、私の手も噛まれそうだった。サンタさんは、アレックスのことも忘れなかったんだ。
 クリスマスが終ると冬休みで、ママは家の大掃除をしながらお正月の準備をしていた。アレックスは窓拭きや押入れの整理をするママのそばにいて、時々ほこりのせいでくしゃみをしていた。
「アレちゃんはママのお手伝いをしてくれているのよね」
 とママが言い、アレックスは尻尾を振っていた。
 大晦日になってやっと掃除が終ったから、テレビでドラえもんを観ながら年越しソバを食べた。大きな海老が入っているおソバで、食べると長生きするってママが教えてくれた。
「アレちゃんも、今日はごちそうね」
 アレックスのご飯には、大好物の大根がたくさん入っていた。私達はその残りで大根おろしを作って、おソバに入れたから、アレックスのお残しを食べていることになるのかな、って言ったらママもパパも笑っていた。
「じゃぁアレちゃんに、お大根ちょうだいね、って言わないとね」
 ママが言ってアレックスのほうを見たら、ご飯を食べてカエルみたいにプックリと膨らんだお腹を天井に向けて、いびきをかいて寝ていた。犬がいびきをかくなんて知らなかったけれど、アレックスは手足を動かしながらクンクン鳴いて、寝言まで言っていたから、アレックスも夢を見ていたのかな。
 朝が来てお正月になったから、近所の神社にアレックスも連れて、初もうでに行った。朝は遅くまで寝ていたけれど、お早うの代わりにおめでとうって言って、顔を洗ってから家を出た。
 最初はパパがアレックスの散歩用のリードを持っていたけれど、アレックスは何度も立ち止まってママのほうを振り向く、ママと妹と私は三人でユックリ歩いていたから、がまんできなくなったアレックスがワンって鳴く。とうとうパパはリードを私に渡して、先に一人で歩いて行っちゃった。
「アレちゃん、パパとお散歩に行かないとダメでしょう?」
 ママに抱っこをせがむアレックスに、ママは怖い顔をして言ったけれど、本気じゃないのは私も妹も、アレックスも知っていた。神社は人がたくさんいたから、ママはアレックスを抱っこしてお参りするところまで歩いて行った。ママに抱っこされたアレックスは屋台からトウモロコシを焼くいい匂いをかいで体を乗り出して、ママに怒られた。
 ママがアレックスを抱っこしている間に妹とパパと三人でおまいりして、私がアレックスを抱っこしている間にママがお参りに行った。ママがさいせん箱の前にたくさん並んだ人の中に入って見えなくなると、アレックスはママを呼ぶために甘えた声を出して鳴いた。すると、他にも犬を連れている人がいて、声を聴いた犬が寄ってくる。
「まだ赤ちゃんなのね」
「ママさんが大好きなんでしょう」
 アレックスは誰に向かっても尻尾を振るから、ママはたくさんの人と立ち止まって話しをした。小さな白いマルチーズ、茶色で大きなゴールデンレトリバー、茶色で耳が立っている柴犬・・・たくさんの犬が神社に来ていた。中には着物を着ている犬がいて、すごく可愛かった。周りにいる人も、みんな着物を着た犬を褒めていて、可愛いって言っていたので、後からママは
「負けたわ・・・家のアレちゃんのほうがずっと着物姿が可愛いのに、着物があるなんて知らなかったから!!」
 って何度も言っていた。来年はアレックスにも家紋入りの着物を着せて、それで神社に行くんだって。
「そしたらアレちゃんが神社で一番可愛い」
 だから来年のお正月までに、ママはアレックスに着物を縫うって目標を立てた。


 一九九五年一月一七日が来た。風邪を引いていた私と妹は三学期の最初から長く休んでいて、この日久しぶりに登校するはずだった。
 夢の中で私は大きな橋を渡っていて、映画のインディ・ジョーンズみたいに揺られていた。怖くて橋にかかっている綱にしがみつこうとするけれど、なぜか綱がつかめない。橋がますます激しく揺れて、頭の中がグチャグチャに振られて、体が谷底の下の下へ落ちていくような、怖い感覚だけが残っていた。
「カナ、カナ」
 夢の中でママの声がして、びっくりして目が覚めた。ママが心配そうにのぞき込んでいた。
「地震があったんよカナ、分かる?」
 心臓をドキドキさせながら起き上がると、ママの足元にはテレビが落ちていた。もしママの足がテレビの下にあったら、ママは足のホネを折っていたかもしれない。タンスが傾いていたけれど、少し出張った窓枠の柱に引っかかって止まっていた。この出っ張りにはママはいつも文句を言っていたけれど、この柱がなかったら妹はタンスの下敷きだった。パパが妹を布団から引っ張り出していて、妹はびっくりした顔をして、タンスを見ていた。
 私がママや妹がケガをしていたかもしれない、と考えられるようになったのはもっとずっと後で、その時は何が起こっているのかも分からず、ボーとしていた。布団から出て、お祖母ちゃんの手作りちゃんちゃんこを着た。パパが部屋の電気をつけようとしたけれど、電気はつかなかった。障子を開けると、東のほうの空が薄っすらと明るくなってきていたけれど、まだまだ空は暗くて一つ二つの星が輝いていた。西には真っ白くなった月が沈みかけている。前の晩は、血のように真っ赤になっていて、怖くて布団を頭までかぶって寝たけれど、今は白く色が変わっていた。
 パパは懐中電灯を取ってきて部屋の中を照らした。テレビが落ちているのとタンスが傾いている以外は、部屋の中は何ともなっていなかった。地震があったと言っても、大きくはなかったんだ。ちょっと安心した。
 懐中電灯を持ったパパを先頭に、ママの後ろに妹が、最後を私が歩いて、二階の他の部屋を見て回った。電話台から電話が落ちていたから、パパは屈んで電話を拾った。
「足元、何落ちてるか分からんから、気ぃ付けや」
 パパのスーツとママの鏡台、私と妹のタンスがある部屋は奥のほうで、ママの鏡台から引き出しが全部飛び出していた。机の上にきれいに並べてあったビンが倒れ、ママが結婚する前から飾っていたお人形のケースが落ちて粉々に割れていた。指輪やネックレスが入っているアクセサリーボックスも落ちて、引き出しが床に散らばって指輪やネックレスがガラスの破片に混じって床の上で懐中電灯に照らされてキラキラと光った。それが床に落ちた人形の頬に映って怖いくらい・・・。妹はママの手をギュッと握ったのが分かった。
「危ないから、奥に行っちゃダメよ」
 ママが私に話しかけたから、黙ってうなずいた。隣にある私と妹の勉強部屋はグチャグチャだった。本棚から教科書も辞書も本も、全部が落ちて、机の上にきれいに並べてあったオルゴールが床に叩きつけられて粉々になっていた。ペン立てが倒れて机の上に散らばった紙や本の間にもぐっていた。ランドセルがどこにあるかもわからない、プリントの雨が降ったみたいになっている。
 足元のプリントやノートを踏みつけて、パパが部屋に入って行った。ママも妹も私も、パパが持っている懐中電灯しか明かりがなかったから、ちょっとずつパパのほうへ寄って行った。パパは無理やり窓を開けて、重たい雨戸を開けた。薄暗い夜から朝の白い空気に変わっていて、街が見えた。
 でもそれは、学校の道徳の授業で観た戦争時代のビデオに似ていた。隣の家がくなっていた。瓦がいっぱい並んだ屋根の大きな家だったのに、二階建ての家よりも小さくなって、下のほうに崩れかけた屋根が見えた。まるで二階が一階に引っ越したみたいで、一階が消えてなくなっていた。
 道路の向こうのほうにいつも行く文房具屋さんが見えるはずだったけれど、もう文房具屋さんは見えなかった。代わりに崩れ落ちたビルが見えた。灰色のコンクリートの建物なのに、中が茶色いのは不思議に思えたけれど、文房具屋さんのシャッターも何も見えなかった。
「カッコイイ・・・」
 何だかゴジラが攻めてきた映画みたいいだな・・・本当は怖くて心臓が痛かったけれど、私はママにそう言った。ママは聞こえなかったフリをして私の肩をグッと抱き寄せて、息を弾ませていた。本当に、大きな地震があったんだ。
 パパを先頭にして階段を下りると、玄関のコート掛けが倒れて、コートやジャンパー、マフラーが玄関に散らばっていた。パパはその中からスリッパを取り出して、妹と私にはかせた。
「足にケガするかもしれんから、脱いだらあかんで?」
 フワフワの毛がいっぱい付いた鳥のスリッパで、お人形みたいでアレックスが大好きなスリッパだった。これをはいて歩くと、いつもアレックスがスリッパに噛み付くから、私も妹もめったにはかなかったんだ。
 トイレの上の土壁が崩れて、廊下の奥のほうでは壁がむき出しになっていて、パパは舌打ちをしてよく分からないことを小声で言って怒っていた。それに和室の土壁は全部崩れ落ちて、壁から柱が丸見えになっていた。和室の雨戸がずれていて、窓枠が斜めになっているようにも見えた。
「アレックスは?」
 和室のロッキングチェアの下で丸くなるのが好きだったのに、アレックスはいなかった。
「リビングは?温かいからこたつで寝てるんじゃない?」
 寒くなってからは大好きなこたつの中で寝ているから、みんなでリビングに行った。
 食器棚が壁から離れていて、扉がブラブラと開いているから食器が全部落ちて割れていた。ママが大切にしていた外国のティーカップがそこら中に飛び散って、赤や黄色や茶色の破片が、絵の具をまいたみたいに見えた。本棚から本が落ちて、電話台がひっくり返って、こたつの上にはたくさんの本やビデオが積もっていて山みたいに見えた。
「アレックス!!アレックス!!」
 ママが呼んでも返事がなくて、ママは慌てて本の山をどかし始めた。本を一冊ずつどけて、こたつを見つけようと屈んだ。
「お姉ちゃん達も早く手伝って!!アレちゃんが下にいるかもしれない!!」
 みんなでアレックスを呼びながら本をどけた。最初は山みたいだったけれど、ちょっとずつこたつの形が出てきた。クッションが見つかって、こたつの布団が見えて、脱ぎっぱなしだった私のジーンズが見つかった。こたつが出てきて、ママは慌てて布団をめくったけれど、アレックスはいなかった。
「呼んでる時、声がしなかった?アレちゃんが下敷きになってるの」
 耳にはアレックスの声が聞こえたけれど、それが本当に聞こえた声か、それとも聞こえたように気がしただけなのか分からなかった。
「あそこから聞こえた気がする」
 ママは慌てて反対側の本やビデオをどかし始めたけれど、アレックスは見つからなかった。
「ママ、お姉ちゃんのジーンズがくさい」
 わきに置いてあった私のジーンズの匂いをかぎながら、妹が言った。ママは妹からジーンズを受け取ると、顔を近づけるようにして匂いをかいだ。
「・・・アレちゃんのおしっこだわ、やっぱりアレちゃんはここで寝てたのよ」
 一人で寝ている時に地震があって、怖くておもらしをしたんだ。アレックスはやっぱりどこかにいる。ママはアレックスを呼びながら、部屋のあちこちの物をひっくり返した。パパが窓を開けようとしたけれど、なかなか開かなかった。
「危ないから外へ出ろ」
 隣の和室の窓を開けてパパが言った。この窓だけはちょっと雨戸がずれていて、最初から少しだけ開いていた。
「でもアレちゃんが・・・」
 ママは外になんか出たくなさそうだったけれど、私と妹の手をついで外に出た。外は真っ暗で、街灯も消えていて何も見えなかったけれど、門を出て道路に出ると、隣の家もその隣の家も、みんな傾いているみたいに見えて、道路がひび割れて穴がたくさん開いていた。
「お母さんはアレちゃんを探しに戻るから、ここを動いたらダメよ?」
 返事も聞かずにママはパパと一緒に家に戻っていった。アレックスがまだ家の中に閉じ込められている・・・ケガをして動けないのか、何かの下敷きになっているのか分からなかった。妹は寒そうに体を縮めて、ママの後を追うようにして家に近づいた。
「カナ!!」
 突然私を呼ぶ声がして振り向くと、真っ暗な中に誰かの影が動いた。でも声はママの妹の叔母ちゃんだった。
「叔母ちゃん!!」
 返事をすると自転車を乗り捨てる音がして、叔母ちゃんが私を抱き締めた。頭から順番に体、足、手を調べて、ケガがないかと聞いた。
「アレックスが中なの」
 叔母ちゃんの声を聴いてママが家から出てきた。
「お姉ちゃん!!お母さんが、お母さんが・・・崩れた家の一階で寝てて、呼んでも返事せぇへんねん・・・!!」
 お祖母ちゃんと叔母ちゃんや家族が暮らしている家が崩れた。一階がグチャグチャになって、叔母ちゃんも二階の崩れた部屋から抜け出してきたって。
 お祖母ちゃんはいつも一階の奥の部屋で寝ていた。それから、一階の部屋で遊び疲れて寝てしまっていたいとこ達も、崩れた家の下敷きになっていた。
 その後、いとこの一人は家から這い出してきたけれど、お祖母ちゃんともう一人のいとこは、何日も後になって見つかった。その時にはもう、息はしていなかった・・・。
 お祖母ちゃんの真っ白な顔は紫色になっていて、顔がおせんべいみたいに広がっていた。アレックスが家に来るように電話をしてくれたお祖母ちゃんが、死んでしまった・・・。

 地震があった日から、アレックスは家からいなくなってしまった。私のシーンズにおもらしをしてその後どうしていなくなったのか、全く分からなかった。
 家の窓や扉は全て閉まっていたし、家中のものがひっくり返ってしまっていた中で、アレックスはどこに消えてしまったのだろう。
 ママは家中の本や棚を元にもどし、割れた食器を片付けながらアレックスを探した。でもどこからも返事はなくて、家からアレックスの影も形も消えてしまった。
「どこかでケガをして動けないのかもしれないわ」
 大騒ぎして心配のあまり顔が真っ青になったママは、ちゃんちゃんこの上にコートを着た私と妹がに、空が明るくなるのと一緒に外に捜しに行くように言った。
 隣の家の庭にも近所の公園にもアレックスはいなかった。近所の家からはちょっとずつ人が出てきた。隣の男の子も、お姉さんもみんな無事だった。でも、誰もアレックスがどこに行ったかを知らず、逃げるところも見ていなかった。
 もっと明るくなってから、アレックスがいつも歩いていた散歩の道を探しに行った。道路はあちこちが割れていて、大きな穴が開いている。その穴からは太い水道管やガスの管が丸見えになっていた。アレックスはその穴に落ちたのかもしれない・・・。
「アレックス?アレックス?」
 穴に向かって叫んでみたけれど、返事はなかった。丸見えになったガス管は割れていて、道にはガスが漏れて、変な匂いがしている。ずっと匂いをかいでいると、頭が痛くなる・・・まだちょっと熱があった妹は、変な匂いをかいで頭がボーとしたようだった。それでも、アレックスを探すことを諦めず、アレックスが行ったこともない道にも探しに行ったみた。もしかしたら、アレックスは迷子になったのかもしれない・・・。
 途中で小さなトイプードルを見た。アレックスと一緒で、きっと家から逃げ出して迷子になったんだろう。家に連れて行ってあげようとしたけれど、私と妹を見るとびっくりして逃げて行った。後からママが言っていたけれど、迷子になったペットの犬がたくさん連れ去られて、売られてたんだって。きっとあのトイプードルも、前に怖い人に会ったんだと思う。
 ママは三日間アレックスを探したけれど、見つからず、それでもお祖母ちゃんのお葬式をするために家を出て行くことになった。近所の人にアレックスを見つけたら電話をして欲しい、帰ってきたら捕まえて欲しい、と言ってお願いしておいた。
「アレックスを返してね・・・お願いね、お母さん・・・」
 ママは何度もお祖母ちゃんにお願いしていた。紫色だった顔を化粧して真っ白にもどしても、お祖母ちゃんは眠っているようには見えなかった。お祖母ちゃんにも見えなくて、知らない人形が寝ているみたいにしか見えなかった。けれどママは
「お祖母ちゃんが天国で、アレちゃんが来ないように見張ってくれているから、アレちゃんは絶対に帰ってくるわ」
 パパはもうアレックスは帰って来ない、きっとケガをしていて死んでしまったんだって言ったけれど、ママは信じなかった。パパは地震の日からアレックスを探すことを止めて、安全な大阪に家族で引っ越そうって言い出した。でも、迷子になっていたアレックスが帰ってくるかもしれない・・・、ママはもちろん、私も妹もアレックスに帰って来て欲しかった。
「アレックスはきっと死んでしまったんや」
 お祖母ちゃんの入った棺にしがみつくようにして泣いてお願いするママに、パパはちっとも優しくなかった。ママは声を出さないように、きつくくちびるをむすんで、心の中でお祖母ちゃんにお願いしていた。だから私も目を閉じて、生きている時のお祖母ちゃんを一生懸命に思い出しながらお願いした。
「ママにアレックスを返してあげてください」
 大きな地震は終ったけれど、小さな地震がずっと続いているから西宮には帰らず、パパの言う通りに大阪に引っ越した。ママは本当はアレックスを探したかったけれど、私と妹のために一緒に引っ越しすることにした。
 時々、西宮の家を片付けるために帰ったけれど、ママはその度にアレックスを探していた。家はいつ崩れてもおかしくなかったから、もうこの家には住めないんだってパパが言ったけれど、家がなくなったらアレックスは帰って来れなくなるんじゃないかな・・・。ママは近所の獣医さんやペット美容室、アレックスの散歩で知り合ったほかの犬の飼い主さんに、アレックスがいなくなったから探して欲しい、とずっとお願いに回ることにした。でも誰も、アレックスを見つけてはくれなかった。だからパパは、ママにもうアレックスを諦めろ、死んだ犬は帰って来ないと、何度も話そうとした。
「この目で見るまでは、アレちゃんが死んだなんて信じない・・・お母さんが私に、最後にくれたんがアレちゃんや!!」
 でもママは絶対に諦めなかった。
 大阪に引っ越してしばらく経つと、ママはアレックスの写真をコンビニでコピーして、『迷い犬』のポスターを作った。大阪の家の電話番号を書いて、アレックスの写真を真ん中に貼った。
 『アレックスを見つけたら電話を下さい』
 家の玄関の前で遊んでいる写真で、ママが電話番号とアレックスの毛の色、目の色、首輪の色とか、アレックスの目印になるものをポスターに書き込んだ。それを友達や学校の先生に頼んで、アレックスを探すポスターを町の色んなところに貼ってもらった。日曜日は自転車に乗って、家から遠くはなれたところにも貼りに行った。
「お母さん、アレックスを返してください、もう一度アレックスに逢わせて下さい」
 ママはお祖母ちゃんの写真に向かって、朝と夜には必ずお願いをした。地震の日から、アレックスを見た人は誰もいなくて、本当に私のシーンズにおしっこをしたのがアレックスなのか、それも分からなくなりそうだった。ママは電話が鳴るたびに、アレックスを見つけた人が電話をしてきたのではないか、と走って行った。パパはアレックスの話もしなくなって、もう忘れてしまったかのように、毎日仕事に行っていた。
 ある日ママが朝ごはんを食べながら不思議な夢の話をした。夢の中で私が家からいなくなって、ママは一人ぼっちになってしまった。
「カナ〜、カナ〜どこにいるの?」
 ママは一生懸命に私を探したけれど、どんどん辺りが暗くなって、どこかも分からない真っ暗な街の中で、ママは一人で私を探した。
「ママのところに帰っておいで!!」
 だんだん寒くなってきて、ママは大きな声を出して私を呼んだ。
「ママ、ママ!!何言ってるの、ここにいるじゃない」
 お祖母ちゃんが、地震で死んだはずのお祖母ちゃんが現れた。
「ほら、ここにいるじゃない」
 お祖母ちゃんの腕の中には、小さな毛糸玉みたいなものが抱かれていた。ママがのぞき込むと、それは・・・アレックスだった。慌てたママが目を覚ますと、私と妹が隣で寝ていた。窓の外からは太陽が昇ったばかりで、弱くて白い光で照らされていたんだって。
「だから、きっとアレちゃんは帰ってくるわ、お祖母ちゃんがきっと返してくれる」
 でもママの話なんて信じられない。死んでしまったお祖母ちゃんがアレックスを連れて来てくれる訳がない・・・パパは何も言わなかった。だから、私も妹も何も言わなかった。
 アレックスが帰ってきてくれたほうがいい、早く会いたい・・・だけれども、もうずっと見つからないアレックスが、そんな簡単に帰ってくるのかな。
 その日の夕方、大阪の家の電話が鳴った。もう慣れっこになっていたから、誰も気にしなかった。西宮の家の近所に住んでいる人からだった。私よりも一つ年下の男の子がいる家のおばさんで、アレックスにも優しくしてくれた。時々、ママは西宮の人とも長い電話をしていたから、私は気にもせずにテレビを観ていた。
「カナ!!アレックスみたいな犬が、見つかったって!!」
 電話をくれたおばさんの家の男の子が、犬の保護所でよく似た犬を見たって。ちょっと遠い所だから、おばさんが車で連れて行ってくれるって・・・。
 ママは、家を飛び出すようにして駅に向かった。アレックスかどうかは分からない、だからママが行って確かめなくちゃいけない。ママが早く走るから追いかけるのが大変で、早くしなさいって何回も怒られた。でも心の中では、何度もお祖母ちゃんにお願いをしていた。
「アレックスを、ママに返してあげて」


 西宮に着くまで、ママはあんまり話さなかった。駅には電話をくれた近所のおばさんが、車で迎えに来てくれていた。
 西宮戎の神社の境内に、たくさんの猫や犬がいた。みんな地震で迷子になって、家が分からないから集められたんだって。
 犬や猫の世話をしているお姉さんに、ママが声をかけた。
「家の犬に似た子がいるって聞いたんです」
「どんな子ですか?」
「茶色のシーズーで、ちょっと大きいんです」
 お姉さんは小さい種類の犬ばっかり集められた場所に連れて行ってくれた。たくさんの犬が入ったゲージがあって、中からは悲しそうな声で鳴いた犬が、ジッと私たちを見ていた。あちこちから声がして、みんな悲しそうに、寂しそうに家族を呼んでいた。
「今さっき、お散歩から帰ってきたばっかりなんですよ」
 お姉さんは明るく言ったけれど、犬達は全然明るくなかった。「早く帰して、家に帰りたい」ってみんながバラバラに大合唱をしているみたいで、犬たちの足下には、空っぽなのに汚れたお皿があった。散歩から帰ってきて、ご飯を食べていたのかな。
「どの子ですか?」
 マルチーズやヨークシャーテリア、チワワ…たくさん犬がいたけれど、アレックスみたいな犬はいなかった。
 だけれどママは、ずっと向こうの遠くを見ていた。ひとつだけ、中の犬が鳴いていないゲージがあった。毛だらけの背中を向けて丸まって寝て、お皿は茶色の塊みたいなご飯が詰まっていた。中の犬の毛は真っ黒によごれていて、毛はもつれて伸びていた。よごれていてきたない・・・アレックスはいつもママがブラシを掛けていて、毛がサラサラだった。でもあの犬は、きっと一度もブラシなんてしたことがないと思う。それに、すごくくさい。
 ママはちょっとずつゲージに近付いたけれど、犬は顔をあげなかった。まるで、もう家に帰ることなんて、あきらめてしまって、生きていても意味がないから止めてしまったのかな。
「…アレックス?」
 ママが呼ぶと、毛玉が動いて顔を上げた。でも犬じゃなくて、真っ黒な顔のタヌキだった。鼻がつぶれたみたいにペッタンコだったから、アライグマなのかもしれない。その目はどんよりしていて、アレックスのようにキラキラしていなかった。
「…アレックス?」
 ママがもう一度呼んだ。尻尾がプロペラみたいに動いて、目がキラキラとかがやきだした。起き上がって前足を伸ばし、ゲージから出せって急にワンワン泣き出した。静かだったゲージがとたんにガタガタ騒ぎ出し、今にも壊れてくずれるかと思った。タヌキだったのに、その毛玉はアレックスに変身したのだ。
「アレックス、アレックス!お母さんよ、分かる?」
 もちろんアレックスには分かっていた。だから、ママのところに行こうと暴れ出した。
「アレックス!アレックス!」
 呼んでいる内に、ママの目から涙があふれてボタボタと落ちた。私も夢中でアレックスを呼んだけど、声が詰まって、アレックスの鳴き声そっくりになった。アレックスが暴れてもゲージは壊れなかったけれど、ガチャガチャガチャガチャと大きな音がした。
 お姉さんがゲージのドアを開けてくれたのに、アレックスはそんなことも気が付かない。体を持ち上げられても暴れ続けて、とうとう地面に落ちた。でもすぐにママに向かって駆け出して、ママはアレックスを抱き上げた。アレックスはママの顔をなめながら、ママの体に登ろうと手足をバタバタさせて今にもママの手から落ちそうだった。ママの顔は涙とよだれでグチャグチャに汚れて、アレックスは体中を使ってママにしがみついて、頬っぺたも鼻も目も口も、首も・・・ママの全てをなめるようにして喜んでいた。
「アレックス、アレックス・・・!!」
 ママは息を途切れさせながら必死にアレックスを呼んだ。私と妹は、アレックスの背中を撫でて、涙でアレックスの模様がぼやけて見えたけれど、その毛の感触はアレックスのものだった。ワンワン鳴く犬達の中で、アレックスは息を詰まらせてフガフガ言いながら、必死にママをなめて、気が付いたように私たちを時々見た。
「本当にアレックスよね?カナ見て、アレックスよね?」
「アレックスやよ」
 涙で見えなかったけれど、ママにしがみついて、これほど必死に尻尾を振る犬はほかにいない・・・、ママのアレックスが帰ってきた、それは絶対に間違うはずがない、アレックスを間違うはずがない。
  「お母さん・・・ありがとう・・・アレックスを返してくれて・・・ありがとう・・・」
 小さな声で、ママがお祖母ちゃんに言うのが聞こえた。
「三日前に、保護していた人が連れてきてくれたんですよ」
 お姉さんが言った。保護した人は地震の日にお腹をすかせて倒れているのを見つけて、子犬だったから家で飼おうと思って名前もつけて可愛がっていたのに、急に元の飼い主に返さなくちゃいけない、って思って連れてきてくれたんだって。本当は家で飼いたかったのに、アレックスがずっとママを探すから、飼い主を探すことにしてくれたんだって。
「ありがとうございます・・・本当に、ありがとうございます・・・」
 拾ってくれた人が、どうして気持ちを変えたか分からないけれど、ママはお祖母ちゃんがアレックスを返してくれたんだって言ったから、私もそうなんだと思う。
「全然ご飯も食べなくて、お散歩にも行きたがらない子だったのに・・・ずっとママさんを待ってたんですね」
 涙がちょっとだけにじんだ目で、お姉さんが言ったから、アレックスはママが迎えに来るのを、知っていたのかもしれない。その間もずっとアレックスはママの首や頬っぺた、あごをキャンディみたいになめていた。あんまり激しく体を動かしてなめるから、何度もママの腕から落ちそうになって、ママが何度も抱きなおした。
「アレックス・・・アライグマみたいできたないわ」
 妹が言ったけれど、ママはアレックスを放さなかった。アレックスは仕返しに、妹の鼻を思いっきり舐めた。
「くさいっ!!」
 もうずっとお風呂に入っていなかったから、アレックスの全身がくさかったけれど、アレックスはアレックスで、タヌキでもアライグマでもないのが分かる。本物のアレックスが帰ってきたんだ。
 私達はそのままアレックスをリュックサックに入れて、顔だけをファスナーから出して、飛び出させながら電車に乗って大阪に帰った。
 家ではパパがとっくに帰って来ていて、アレックスを探しに行く、と言うママのメモを握って待っていた。
「アレックス!!よう帰ってきたな・・・」
 パパはママからリュックサックごと受け取って、アレックスになめられるままに顔を突き出して、器用にリュックサックからアレックスを出した。
 家族がそろった。地震でいなくなったアレックスが帰って来た。ママはお祖母ちゃんの写真に手を合わせて、何度も何度もお礼を言って、また涙を流して頭を下げた。
「ありがとう・・・お母さん、本当にありがとう・・・」
 ママと並んで私も妹もお祖母ちゃんに手を合わせて、一緒にお礼を言った。
 大阪の家に来て、今までの様にアレックスのトイレやオモチャをたくさん置いてあげる場所がなかったし、柱が折れてしまった西宮の家に置いてきたから、もう危なくて取りに帰れなかった。しばらくアレックスは家中をウロウロして、慣れない大阪の家では落ち着かないようだった。ママは何度もアレックスを散歩に連れて出て、気分を落ち着かせようとしたけれど、狭いアパートの中で、アレックスは暮らしにくそうにしていた。
 しばらくして、遅くに帰ってきたパパが大きな厚紙に貼った紙を持って帰って来た。新しい家の設計図で、ママが私と妹に見せてくれた。
「西宮に帰ろう、家を建て直して、またあそこで暮らそう・・・」
 今度の家はアレックスが爪を引っかいてもいいように、壁も床も丈夫で、傷が目立たない色にしたって。
 夏になる頃に、新しい家が建った。ママは家の南側にあるピアノの上にレースの布を敷いて、お祖母ちゃんの写真を飾った。そしてアレックスのオモチャ箱とご飯用のお皿を、すぐ近くに置くことにした。
 そうしたら、ママとアレックスが仲良くしているのを、ずっとお祖母ちゃんが見ていられるから。





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 第12回「わんマン賞」受賞作品発表

■ これまでの受賞作品

posted by 公募 at 15:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 童話部門

2010年07月04日

おやすみ ウメ、チョビン

第12回「わんマン賞」童話部門 佳作作品 冴 綸子 作

我が家には一本の梅の木がある。
梅の木には二匹の犬にまつわる悲しい思い出がある。
悲劇を乗り越え、一人の女性が人生のテーマとして選んだこととはいったい……。

母が娘に語る「子供たちに伝えたい」悲劇と、自立した女性の歩む道。

犬の童話 おやすみウメ、チョビン



私の家には一本の梅の木があります。その梅は毎年、白い花を咲かせて、甘い良い香りの梅の実をたくさんつけてくれます。私はそのたびに、梅の実をひとつずつ丁寧にもいで梅干にします。そして、しその葉の深い赤紫色になった梅干を、少しだけ切ない気持ちで食べるのです。

正直いって、私はこの家を買うのは反対でした。家を売る営業マンさんに紹介されたこの家は、まるでオバケ屋敷のようだったからです。和室の障子はびりびりに破れていて、部屋の隅にはたくさんのクモの巣。ゴミなのか荷物なのかわからないものがたくさん散乱していて、足の踏み場もありません。おまけに、少し歩いただけで靴下の裏は真っ黒。営業マンさんは熱心にこの家を勧めるけれど、私はあまり耳に入らず、まったく手入れのされていない木がうっそうと生い茂る庭を窓からぼーっと見ていました。
(あれは、梅の木?)
よく見ると、うっそうと生い茂る木に隠れるように、私の腰の高さほどの、わりばしのように細く小さい梅の木が生えていたのです。おそらく周りの木が太陽の光をさえぎって成長できなかったのでしょう。
(あの梅の木の根元なら、あの子たちは喜んでくれるやろか)
安い買い物ではなかったけれど、私たち家族は「庭に梅の木があったから」という理由だけで、この家を買うことに決めたのです。

壁紙を張替え、床を磨き、念入りに掃除をすると、あれほど恐ろしく見えたオバケ屋敷が見違えるほど綺麗になりました。
引越し屋さんのトラックから降ろされたたくさんのダンボール箱が次々と部屋に運ばれます。
「ママが持ってる、その箱はなに?」
八歳になる娘が聞いてきました。私が銀色の缶箱をずっと抱いていたからです。  
正直に話すには少し早い気がしてためらったけれど、思い切って話すことにしました。
「わんちゃんたちの骨が入ってるんよ」
娘は少しびくっとして、驚いているのか怖がっているのかわからないような顔で「なんで骨があるん? わんちゃん死んだん?」と聞いてきました。
「うん、ママな、あんたが生まれるずっと前にわんちゃんたちを飼っててん。二匹のわんちゃんの骨がここに入ってるんやで。庭を手入れしたら、あの梅の木の下に骨を埋めようと思ってる。きっと喜ぶと思うねん」
庭にある梅の木を指差すと、今度は窓ガラスにおでこをぺったりとくっつけながら「でもたくさんの木があるのに、なんで梅の木のところに埋めるん?」と聞いてきました。
「ウメちゃんっていうお名前のわんちゃんやったからね。ウメちゃんは梅の花が咲く寒い季節にママのところに来たんよ。だからウメちゃんって名前にしたの。もう一匹はウメちゃんの生んだ仔犬のチョビン。ウメとチョビンなら、梅の木の下をきっと喜んでくれるとママは思ってるんよ」
娘はもっともっと聞きたそうにしていたけれど、久しぶりに口にした犬の名前に思いがけず『あの日』がよみがえり、私は涙がこぼれないように少し上を向きながら、悲しみの波をやりすごして「ほら、はよ引越しの片付けせんと! 続きは今度必ず話すからな、約束な! 片づけが終わるまで子ども部屋で遊んで待っててな」
娘は何か言いたそうにしながらも「はーい」と返事をして部屋を出ていき、私は娘の出て行く姿を確認したあと、その箱のふたを久しぶりにそっと開けてみました。
ウメの少し大きい赤い首輪と、チョビンの少し小さい緑の首輪が並んでいます。その下には、少し大きくて長いウメの頭の骨と、少し小さくて短いチョビンの頭の骨。
「ウメ、チョビン……。じきにお墓で眠れるからね」
私は涙をぬぐって、そっと箱を閉じました。

その日は大阪では珍しく雪が積もっていて、テレビでは十一年ぶりの積雪であることを伝えていました。
「さむっ!」
慣れない寒さに縮こまりながら、会社へ行く準備をしている私の耳に、普段は聞こえない音が混ざって聞こえてきました。私は少し動きを止めて、その音の出所に耳を済ませます。
ガザゴソ、ガサッ、ゴソゴソ、プスプス……
どうもその音は玄関から聞こえてくるようです。私は上着を肩にひっかけて、恐る恐る玄関のドアを開けると、そこにはボーダーコリーのような白地に黒模様の入った一匹の小さな仔犬が、ダンボールの中で息も絶え絶えにガタガタブルブルと震えていました。捨て犬です。十一年ぶりの積雪になるほど寒い夜更けに、捨てられていたのです。
私は後先考えずに、とにかくすぐにその犬を家の中に入れて、暖かい毛布でくるみ、暖かいミルクを飲ませました。
しばらくすると、いくぶん元気を取り戻したその犬は、私と目を合わせると、嬉しそうに一丁前に尻尾をパンパンと振って、私の手を飴ちゃんのようにぺろぺろとなめたのです。
「それにしてもこんな寒い日に、よう死なんかったこっちゃなぁ」
正直もうダメだと思っていたので、仔犬の強い生命力にとても驚きました。
仔犬は私が何かを話すたび、黒い丸い小さな目で、私の目をじっと見ています。小さな体を抱き上げて、仔犬の鼻先に私の鼻先をくっつけると、ミルクの匂いに混ざって、仔犬特有の干したての布団のような匂いがしました。
当時、私は結婚していましたが、色々な理由から子どもができないことを悩んでいました。一生、お母さんにはなれないかもしれない。そう思うと、胸が張り裂けそうに苦しくなるのです。そんな私の元に突然舞い込んできた仔犬を見ていると、不思議と心が満たされていくのを感じました。
「これも何かの縁やろな。よし、お姉ちゃんが飼うたろ。今日から私があんたのお母さんやで」
私の言葉の意味を知ってか知らずか、仔犬は嬉しそうにペロペロと私の鼻先をなめ続けています。そのままもう少し上に持ち上げると、女の子だとわかりました。
「あんたにも名前が必要やなぁ」
考え込む私の頭の中に、通勤途中に見える早咲きの白い梅の花が浮かびました。
「よし、あんたは今日から『ウメ』やで。麗しくてええ名前やんか。よろしくな、ウメ」
その日から、ウメとの生活が始まったのです。
毎日、尻尾が振りちぎれるのではないかと思うほど、尻尾を振ってお出迎えしてくれる姿を見ていると、私の心はどんどん温かいもので満たされていくのを感じました。
当時の日記にはこう記されています。
『もし私に子どもが生まれたら、こんな気持ちになるのかな。人間と犬の違いはあっても、心から愛しいと思う気持ちは同じではないのだろうか』
私は、ウメに対して、まだ生んだこともない我が子に対するような愛情を感じていました。

ウメと私が家族になって数日経ったころのことです。
その日も、いつものように餌を与えに玄関に出ました。いつもなら玄関を開ける前に、ドアの前で待ち構えているはずのウメがいません。
「ウメ、ウメ!」少し大きな声で呼んでも、小屋の中にもどこにもいないのです。よく見ると、ウメの餌入れと水入れが見当たりません。繋いでいた鎖まで無いのです。
何が起こったのかわからないまま、迷い犬として保護されていることを願って、私は警察と保健所に犬の特徴を連絡し、周辺の獣医にも事情を話しました。
じりじりと時間だけが過ぎていきます。今にも車に轢かれて死んでしまうのではないかと思うだけで涙が出てきました。
(まてよ……、餌入れと水入れと鎖がないということは、もしかして盗んで飼う気? 盗まれたとしたら、一体誰が……)
犬を盗んで飼うということは、近所であればけっこう目立つ行為です。特にウメの体は白地に黒の模様がついていて、余計に目立つはずです。近隣でそんな無茶をする人がいるのだろうか……。
ふと、私の頭の中に、近くの公園の東屋が浮かびました。そこには数年前からブルーシートを雨よけにしてホームレスのおじさんが住んでいたのです。まさか……という思いと、もしかして……という思いが何度も交差します。こうしてぐちゃぐちゃ思っていても仕方ないので、意を決してその公園に向かうことにしました。
公園につくとすぐに真っ青なブルーシートで覆われた東屋が見えてきました。
(もし、ホームレスのおじさんが怒ってきたらどうしよう……)
少し怖くなった私は、公園の手前にたくさん積まれていた竹を一本握り締めて、東屋に近づきました。幾重にも巻かれたブルーシートを竹の棒でそーっとめくってみました。すると、どうも留守のようです。胸をなでおろし、あたりを見回して誰もいないことを確認して中に入ると、足にコツンと何かが当りました。それはなんとウメの餌入れだったのです。
(やっぱり!)
ウメに会えるかもしれないと思ったら、さっきまでビクビクしていた自分が嘘のように、大胆にブルーシートを開けて中に入っていました。
中は缶ビールや弁当のゴミで、足の踏み場もないほど散らかっていて、すえたにおいが充満していました。
「ウメ! ウメ!」
中に入ればウメに会えると思っていたのですが、餌入れも水入れもあるのに、ウメの姿だけがないのです。
東屋を出て、大きな声でウメを呼びました。何度も何度も、不安な気持ちで。
そのとき「キャン!」と一声、ここではないどこかから犬の声が聞こえたのです。私は声のするほうに神経を集中し、走り出していました。
声は、公園の近くの工事現場から聞こえているようです。工事現場の柵を乗り越え、中に入ると、ウメは鎖をつけたまま、工事現場の作業員たちに囲まれて座っていました。私はウメの無事な姿を確認すると、安心してその場にへたりこんでしまいました。
そんな私の元へ鎖をじゃらじゃらといわせながらウメは走ってきて、嬉しそうに私の顔をぺろぺろとなめるのでした。抱きしめて頬ずりをしようとしたときです。ウメの四本の足の裏の皮がずるずるにむけてただれていることに気付きました。きっと連れ去られるときに、嫌がって鎖で引きずられたのでしょう。とても怖くて痛かったはずです。
「いつからこの犬はここにいたのですか?」
現場の作業員の人に聞くと、昼ごはん時に鎖をひきずって現場に入ってきたということでした。数人の作業員の人たちが弁当のおかずをあげると喜んで食べ、飼い主が現れないようなら誰かが持って帰ろうと話していたところだったそうです。
今朝からのことを作業員の人たちに説明しているときです。東屋にあのホームレスのおじさんが帰ってきたのです。ホームレスのおじさんは、ウメを抱いた私の姿を遠くからじっと見ていました。
現場の作業員の人が大きな声で言いました。
「おい、おっちゃん、人んちの犬を盗んだらアカンやろ」
その言葉を聞いたホームレスのおじさんはびっくりした様子で、逃げるようにいなくなりました。
私は作業員の方々に何度もお礼を言い、温かいウメのぬくもりを感じながら、家路につきました。

犬の成長は、およそ人間の七倍の速さとも言われています。簡単に言うと、私たちの一日は、犬たちにとっては一週間だということです。特に生後半年から一年は成長の速度が早く、あっという間に成犬になります。
死にかけの小さな体で震えていたウメも、半年で立派な成犬に育ちました。

ある日のことです。突然、ウメが餌を食べなくなりました。餌を口にしなくなってもう二日が経ちます。さすがに心配になった私は、手のひらに餌を乗せて、何度もウメの鼻先につけてみましたが、いっこうに食べる気配を見せません。
(このまま明日まで食欲が出ないようなら獣医に連れていこうかな)そう思った矢先に、さっきまでの様子が嘘のように、急にばくばくガツガツと食べ始めたのです。あまりの変わりように驚きましたが、食欲がでたことに安心しました。
ところがです。その日からウメの食欲はとどまることを知らず、毎日毎日ものすごい食欲で餌をたいらげ、みるみるうちにウメの体は太ってしまったのです。その姿はとてもこっけいなものでした。脚や顔はやせているのに、おなかだけがでっぷりと異様に膨らんでいるのです。
「太りすぎや、ウメ」と笑いながら、おなかをさすると、ごにょごにょと手のひらに変な感触が伝わってきました。思わず手をひっこめます。
(今のは一体何……?)
もう一度、恐る恐るおなかに手をやると、今度はなんともありません。気のせいだったと思ったその瞬間、ウメのおなかがまたごにょごにょと変な動きをし始めたのです。それらは不規則に動いていて、まるで布団の中で遊ぶ子どものようです。
「まさか……」
その予感は的中でした。ウメのおなかの中には赤ちゃんがいたのです。獣医さんで写してもらったレントゲンには、はっきりと四匹の赤ちゃんが写っていました。
「だから食欲がなくなったり、急に食べたりしたんかぁ」
ウメはきょとんとした顔で私を見ています。もしかしたら自分でも何が起きたのかわかっていないのかもしれません。私ですら、まさか生後半年のウメがいきなりお母さんになるなんて、想像もしていませんでした。とても驚きましたが、できてしまったものはしょうがないと、おなかに命を宿したウメを全力でサポートすることにしました。
犬は妊娠をすると、ストップウォッチではかったようにきっかり二ヶ月で赤ちゃんを生みます。獣医さんのお話では、出産予定日ちょうどに産まれるので、それまでに『産箱』を作っておくようにとのことでした。『産箱』とは、犬が赤ちゃんを産む場所で、犬小屋ではなく、屋根の無い壁の低い箱のことです。産んだあとも、その箱の中でおっぱいをあげたりするのだそうです。
日曜大工が大の苦手な私が慣れない手で、かなづちを握り締め、ウメの出産のための産箱を作りました。それはとてもほめられるようなモノではありませんでしたが、ウメは喜んでその箱に入ってくれました。

出産前日のことです。いつも活発に走り回るウメが産箱の中で横になってばかりいます。おなかを見ると、赤ちゃんの頭や足がなんとなくわかるほど大きく動いていました。私はその晩、産箱を自分の部屋にいれ、時々苦しそうにするウメの頭や体を夜通しなでていました。
朝になり、出産はまだまだだったのかなと思ったそのとき、「キュ〜ン、キュ〜ン」と鳴いて苦しそうに立ち上がったのです。あれだけ心の準備をしていたにもかかわらず、私は胸がはりさけそうなほどドキドキしてきました。
「ウメ、頑張って!」
声をかけると、ウメは私の体に少し近づいて頭をくっつけてきます。きっと相当苦しいのでしょう。何度か苦しそうな声をあげたあと、ズルンと風船のようなものに包まれた赤ちゃんが出てきました。私は赤ちゃんが地面に落ちないように、手のひらに受けました。
手のひらの中の赤ちゃんは生温かく、風船は血だらけで、その中が透けて赤ちゃんが見えていました。驚いたことに、透けて見えた赤ちゃんの色は、ウメと全く同じボーダーコリーのような白地に黒が入った模様だったのです。ウメと同じその模様を見ていると、ついこの間まで小さな仔犬だったウメも、こうして生まれてきたのだなと、命の不思議な流れに鳥肌のたつ思いでした。
ウメはすぐさま私の手のひらの赤ちゃんを匂いにきて、ぺろぺろとなめ始めました。よく見ると、それはなめているのではなく、小さな前歯で器用にその風船のような赤ちゃんを包む膜を破っていたのです。膜から出てきた赤ちゃんは、私の手のひらでウメになめられて右へ左へと転がります。最後に、おなかについた赤い『へその緒』を食いちぎり、ウメはまた苦しそうにうなりだしました。
ウメのおなかの中にはあと三匹の赤ちゃんがいたことを、一匹目の出産に気をとられてすっかり忘れていたのです。
一匹目と同じように、苦しそうな声をあげたあと、また膜に包まれた赤ちゃんが出てきました。ウメは誰に教わったわけでもないのに、もくもくと膜を破り赤ちゃんの世話をします。その姿は、捨て犬だった仔犬ではなく『母親』そのものでした。
そうして四匹すべての赤ちゃんを産み終えたウメは、産箱の中にドスンと横になりました。その姿を見た私は、てっきり生まれて初めてのお産で疲れて横になったのだと思ったのですが、横になったウメのおなかにわらわらと赤ちゃんが集まってきて、おっぱいを飲み始めたのです。そうです。ウメはおっぱいを飲ませるために横になったのでした。
四匹の出産を終えたばかりのウメはきっととても疲れているだろうに、誰に教わらずとも立派に母親をするウメ。まだ目もみえていないはずの生まれたばかりの赤ちゃんがおっぱいを探す様子に、『本能』と『母親』のすごさを、目の当たりにし、胸が熱くなりました。

本来、赤ちゃんを産んだばかりの母犬は、赤ちゃんを取られまいとして、そばに人間が寄るのを嫌がります。どれだけ気性が穏やかな犬でも、そのときばかりは「ウー」とうなり声をあげることが多いのですが、ウメは唯一、私がそばに寄ることを許してくれていました。       
私は時間があればウメと一緒に産箱に入り込み、乳を飲む仔犬たちと一緒に何度も昼寝をしてしまったほど、ずっとそばにいました。ウメたちのぬくもりは、体温の温かさだけではなく、いつも私の心を温めてくれているようでした。
そんな産箱での数日が過ぎて、仔犬たちはようやく目も見えるようになり、早くも活発に動くようになったのです。ウメと同じ模様の四匹はまるでぬいぐるみのようで、噛み合いながらかたまってコロコロと転がる様子を見ていると、可愛さで顔がでれでれとなってしまうのでした。
でも、そんな幸せな時間には限りがありました。とても悲しい現実ですが、仔犬たちをすべてウメの元においておくわけにはいかないのです。
ウメの生んだ子どもだからそばにおいておきたい。その気持ちがないわけではありません。ウメも言葉は話せなくても、きっと仔犬のそばにいたいはずだということはわかります。でも犬を飼うということは簡単そうでいて、実はとても難しいことなのです。犬一頭に対しての適切なスペースの確保、散歩、餌、獣医、それらすべてをまかなうお金がないと犬を飼ってはいけない、『可愛い』だけでは生き物を育ててはいけないと私は思うのです。特に犬や猫など動物たちの可愛い子どもの時期はあっというまに過ぎます。たとえその犬がヨボヨボのお年よりになっても、寝たきりになっておしめをしなきゃいけなくなっても、寿命を迎えるまで、一生世話をし続ける決意を持たないと飼ってはいけないと思います。
だからこそ、私はウメの子どもたちをウメには申し訳ないけれど、手放す覚悟をしました。私の住んでいる家ではウメ一頭を飼うことで精一杯のスペースだったからです。
その日から、『貰い手探し』が始まりました。私はまず、地方紙に連絡をし、貰い手募集の記事を載せてもらいました。そしてチラシを作り、近辺の獣医さんやペットショップなどに貼って、連絡を待ちました。たくさんの人が欲しいとお声をかけてくださったけれど、すぐには決めずに、私はその人たちひとりひとりと面談をして飼い主になっていただく人を決めました。なぜなら、ウメの生んだ子犬たちに幸せな一生を送って欲しかったからです。
条件は『一軒家かどうか』『多頭飼いをしていないか』です。
『多頭飼い』というのは、スペースに見合わないたくさんの頭数の動物を飼うことをいいます。動物は言葉を話せないので、そのことが動物たちにとって幸せか幸せでないかは確認しようがありませんが、人間でも狭い空間にたくさんの人間が暮らしていたら窮屈な思いをします。そういう意味で、私はその二点を条件に飼い主を探しました。
一人目の飼い主さんは、一軒家で他に動物を飼っていませんでした。学校の先生をなさっていたご家族で、おじいさんと同居をしていました。いつもどなたかが家にいるというので、仔犬もさびしくないだろうと判断をしました。
その飼い主さんは四匹の仔犬の中から、一番小さいウメにそっくりなメス犬を選び、その場で『ミルク』と名前をつけました。ミルクを渡す前日、私はミルクを優しくシャンプーをして、「どうか幸せに一生を暮らせますように」という願いを込めて首輪にピンクのリボンをつけ、飼い主さんに渡しました。
二人目の飼い主さんは大きな工場の社長さんでした。工場内に自宅があります。敷地はとても広く、充分に走り回れると思った私は、その飼い主さんに渡すことを決めました。飼い主さんは産箱の中から、小さめのオス犬を選び『キミタ』と名づけて大事そうに抱えていきました。
三人目の飼い主さんは、兵庫県の方でした。わざわざ兵庫県から見にきてくれたのです。一軒家で他に動物も飼っておらず、とても優しそうなお人柄を感じて、渡すことにしました。その方は産箱の中から、少し毛の長めのオスの仔犬を選び、貰われていきました。犬の名前は聞いていません。
三匹がいっきにいなくなった産箱はとても広く感じました。ウメもしきりに産箱をにおって、子どもたちを捜しているようでした。その様子を見ると少し胸が痛みました。
それから何人もの人が飼い主になりたいといって家にきてくれましたが、どうしたことだか残りの一匹を見ると気が変わってしまうのです。
「どうしておまえだけ、誰も選んでくれへんのやろうね」仔犬のあごをなでると、気持ちよさそうに目を細めて体をすりつけてきます。とても性格のよい穏やかなオスの仔犬なのです。     

そんなとき、私の知り合いが仔犬を見にきてくれました。
「ぶっさいくな子やな〜」
残った一匹の仔犬を見た第一声です。
私は生まれる瞬間から世話をしていたので、すべてが可愛く見えていましたが、言われてみれば体の割に頭は大きいし、模様の入り方のせいで顔だけがより大きく見えて、確かに貰われていった他の仔犬たちと比べると器量はよくありませんでした。
「そのせいで、飼い主が決まらへんのかぁ」
私はそうつぶやいて、その仔犬を抱き上げると、いつかの凍えて死にそうになったウメを思い出しました。仔犬の鼻先に鼻をくっつけると、あの日のウメの匂いがします。
「よし、お母さんが飼うたろ!」
決してスペースは広くはなかったけれど、一頭増えるぐらいなら可能だったので、私は一匹だけ売れ残ったこの仔犬を飼うことに決めました。名前は、私が幼いころとても好きだったテレビアニメ『星の子チョビン』からとって、『チョビン』と名づけました。
チョビンはウメと正反対の気質を持っていました。ウメは遊ぶこと、走ることが大好きで、いつもせわしなく動き回り走り回り、じっとしている姿は寝ているときだけという感じだったのに、それに比べチョビンときたら、ボールを投げても取りに行く途中で飽きてしまい、地面に座りこんでしまうほど、のんびりとした性格をしていました。
私たちの毎日の日課であり、一番のお楽しみは散歩。家から少し離れたところにある広い場所に向かいます。そのそばにはブドウ畑があり、ブドウの実がなっていないときは農家のかたに許可をもらって、その場所で遊ばせてもらっていました。
そんなウメを見ながら、私はゆっくりと後をついていきます。そしてゆっくり歩く私のそばをチョビンがついてくるのです。
ウメは目にも留まらぬ速さでびゅんびゅんと駆け抜けますが、いつも十メートルほど離れると私の姿を確認するために立ち止まります。私の姿を見て安心しては、また風のように、甘い匂いの漂うブドウ畑の中を駆け回るのです。
そんなウメをからかうために、ウメが目を離した瞬間に物影に隠れる『かくれんぼ』が私の中では一番楽しい遊びでした。息を潜めて隠れていると、警察犬のように地面をにおって近づいてくるウメが見えます。あともう少しで見つかる! と思うだけで心臓がドキドキ。私を見つけるとウメはその場で一メートルほどぴょんぴょん飛び上がって喜ぶのでした。
あるときは、小さな石を林の中に投げて、それを取ってくるように言うと、数分後にはちゃんと拾ってきたりもしました。
本当に私が投げた小石を持ってきているのかなと思ったので、小石にマジックで印をつけたものを竹林に投げてみると、ちゃんと印のついた小石だったのでびっくりしたこともありました。遊びつかれた私たちは、建築資材の上で寝転んで昼寝をしたこともあります。
暖かいお日様に照らされながら昼寝をしたり、走り抜けるウメを見ている時間は私にとって本当に幸せな時間でした。太陽のにおいのするウメのおなかに顔をうずめながら、この時間がずっとずっと続くと信じて疑いませんでした。

その日、いつものように楽しい散歩の時間を過ごし、いつものようにウメとチョビンに「おやすみ」を言いました。そしていつものように、二匹は嬉しそうに尻尾を振っていたのです。

「ぎゃおおおおん、ぎゃおおおおん」
けたたましい異常な鳴き声に飛び起きました。あたりはまだ薄暗く明け方であることがわかりました。
(普通の声じゃない……。ウメとチョビンに何かあったんや……)
早くウメとチョビンの元に行かなければと思うのに、その鳴き声にただ事ではない異常さを感じて、足がすくみひざが震えてうまく歩けないのです。
私は階段の手すりをしっかりとつかみ、震えるひざで階下におり、ドアを開けました。ドアの外には犬小屋と、出産のときの産箱がそのままおいてあります。チョビンが産箱をお気に入りだったので、そのままおいておいたのです。
薄暗い中、産箱を覗くとチョビンが寝ていました。
「ああ、良かった、寝てたんか」
そういってそばに寄ると、チョビンは足をピーンと伸ばして、口から泡を吹いて死んでいたのです。
私はあまりの驚きに声が出ません。死んでいるということはわかるのに、事態をうまく理解できないのです。体がガタガタと震えます。その震える手を伸ばしてチョビンを触ると、あんなに柔らかくフワフワだったチョビンの体が固くなっていて、三月の冷たい外気のせいでもうすでに冷たくなりかけていました。
「チョビン…… なんで……」
私は口を手で押さえ、名前をつぶやくだけで精一杯でした。
ウメの姿が見えません。小屋の中にもどこにもいないのです。私は震えながら大きな声でウメを呼びました。
「キャーーーーーン!」
少し遠くのほうで、鋭いウメの鳴き声が聞こえました。
(ウメは生きてる!)
私は声がしたと同時に声のしたほうに走ると、草むらの中からヨロヨロとよろめき泡を吹きながら歩いてくるウメが見えました。
「ウメーーーー!」
私がそばに駆け寄ると、ウメはドサッと私の腕の中に倒れ、痙攣をし始めました。
「ウメ、ウメ、ウメ!」
私は半狂乱になりながらウメの名前を何度も呼びましたが、ウメは苦しそうに泡を吹きながら痙攣しています。
私はウメを抱いて車に乗り込み、獣医を探しました。
「神さま、どうかウメを死なせないでください! 神さま、どうかウメまで連れていかないで! 死なんといてウメ、私をひとりにせんといて、おいていかんとって、ウメ! ウメ、お願い、死なんといて!」
絶叫しながら獣医を探しましたが、早朝ということもあり、どこの獣医も開いていません。私の腕の中でウメがどんどん弱っていくのを感じ「早く、早く」と気持ちだけが焦ります。苦しそうにうめき声をあげながら痙攣を繰り返すウメを見ていると、苦しさで私の心は潰れてしまいそうに痛みました。
そして私は静かに車を路肩に停めたのです。
ウメの命が終わろうとしていることを感じたからです。
死んでほしくありません。
もちろん死んでほしくなんてない。
ウメとお別れをするなんて考えたこともありませんでした。あったとしても、それはもっとずっとずっと先のことのはずでした。でもウメの苦しむ姿を見ていると、これ以上苦しませたくなかった。この苦しみから早く解放してあげたかったのです。
私はウメの体をしっかりと抱きしめました。そしてどんなに悲しくとも、どんな些細なことも見逃さないように、涙を何度も拭きながらじっとウメを見つめました。
ウメの息がどんどん短くなっていきます。
「ウメ、お母さんここにおるからね」話しかけると、ウメは「フゥー」と大きく息を吐き出し、首ががくんと垂れ、静かに息を引き取りました。ウメの瞳の中の『瞳孔』が開いていくのが見えました。

ウメが死んでしまった。
ウメがいってしまった。

「ウメーーーー!」
私は、車の中でウメを抱きながら絶叫しました。そして胸が張り裂けそうというのはこのことを言うのだなと思いました。自分の心が壊れてしまうのではないかと思うほど悲しくて、冷たくなっていくウメの体を抱きながら、しばらくそのまま泣いていました。
近くに、自宅と一緒になっている獣医を見つけて、そこで吐いたものを調べてもらうと『有機リン系』の毒物を飲まされたということでした。
ウメとチョビンは毒殺されたのです。
あの子たちは、人間を信じて、人間の手から毒物入りの何かを食べたのです。それは私にとって、頭をかきむしりたくなるほど辛い現実でした。
でもなぜか、ウメを殺した人間に対しての憎しみは不思議と湧いてきませんでした。湧いてくるのは、ウメとチョビンがこの世を去ってしまった悲しさと寂しさばかりでした。
家に着くと、お隣の建設資材会社に警察の車両が停まっていて、警察官の人が何人かいました。おまわりさんの話によると、その建築資材会社に資材泥棒が入ったとのことです。夜中に大きなトラックできて、たくさんの建築資材を盗んで転売するのだそうです。
ウメとチョビンは、盗むときに吠えて邪魔にならないように、毒物を飲まされた可能性がある、ということでした。愛しいウメとチョビンは、そんな身勝手な理由で、身勝手な人間にむごたらしい殺され方をしたのです。
「被害届を出しますか?」
警察の方が聞いてきました。私は首を縦に振り、被害届を出すことにしました。でもその書類には、「器物破損」と書かれていたのです。
「器物破損の器物とは、犬のことですか?」
私はまさかと思いながら聞きました。
「はい、その通りです。今の日本の法律では、犬などペットは物とみなされ器物という扱いになります」
あの愛しいウメたちの命が「器物」という物として扱われてしまう事実に、私は頭を殴られたような衝撃を受けました。ただ、そのことに納得していなくても、法律を変える力はありません。私は涙が溢れそうになりながら、黙って書類にサインをしました。
「今回、犬が被害にあいましたが、犬といえど犯人のように命を扱う人間は、人間に対しても軽々しくそのようなことをする可能性があると私は思います。どうか真剣に捜査をお願いします」
そう伝えるだけが精一杯でした。
結局、犯人は捕まっていません。
今もどこかで、同じような犯罪を繰り返しているのでしょうか。

私は犯人を憎く思ったことがありません。憎んで、あの子たちの命が戻るなら、迷わず憎しみを持ったでしょうが、どれだけ憎く思ってもあの子たちの命はもう二度と戻らないのです。
憎しみを持てたら、憎しみの向かう場所があれば、もう少し楽だったのかもと思うこともあります。自分でもよくわからないのです。

私はウメとチョビンのお墓を、いつも遊ばせてもらった建築資材倉庫の隅に掘らせてもらいました。よく散歩をしたブドウ畑のよく見える場所です。
近所の人の「深く掘らないと、狸や野犬に掘り返されるよ」という声が聞こえましたが、私は返事をせずに、汗と涙でぐちょぐちょになりながら、無心で掘り進めました。掘りながら、なぜ穴を掘っているのだろうと思ってもいました。気がつくと、深い穴ができていました。
私は掘るのをやめ、ウメとチョビンの亡骸のそばに腰をおろし、ウメのおなかをなでました。
「こんなことやったら、手術で痛い思いする必要なかったのにな」
実はウメは、避妊手術をしたばかりで、おなかを縫った糸がそのまま残っていたのです。順調に回復をしていたので、明日にも抜糸に行く予定でした。
小屋のそばには、買ったばかりのまだ封の開いていない十キログラムの餌が置いてあります。

ウメとチョビンのえさ入れ。
ウメとチョビンの鎖。
ウメとチョビンのガム。
ウメとチョビンのおもちゃ……。

あたりをちょっと見回すだけで、あの子たちの思い出に溢れています。
私はふらふらの足で立ち上がり、チョビンとウメから首輪を外しました。そして、今にも起き出してきそうなウメとチョビンを土の中に寝かせました。おもちゃやガムを横にそえて。
最後に「おやすみ」と言って土をかけました。
愛しい存在に土をかけるというのは、本当に辛いことです。私は声にならない声で泣きながら、作業を続け、気がつくと終わっていました。それから数日のことはあまり覚えていません。
人間はあまりに悲しいとき、記憶を曖昧にして悲しさから自分を守ることがあるということは後で知りました。きっと私にもその作用が働いていたのかもしれません。
会社に行けば、あの子たちを失った悲しみを出さないように努めました。なぜなら、世間から「たかが犬が死んだぐらいで」と思われてしまうのではないかということが怖かったのです。あの子たちの死を、そのように思われるのが嫌だったからです。

数日後、私はたくさん余った餌と水を毎朝お墓に供えることで気持ちを紛らわせていました。いつもと同じ作業を繰り返すことで、やり過ごしていました。その餌はいつも朝になると空になっているのでした。きっと夜中に狸や野犬が食べにきているのだということはわかっていましたが、私はそれでも良かったのです。
朝、空の餌入れを見ると、あの子たちが食べてくれたような気持ちになれたから。
でも餌には限りがあります。一〇キログラムの餌は瞬く間に底をつきました。
ある朝のことです。空っぽのドッグフードの袋を見ていると、今まで平静をよそうために無理に押さえ込んでいた怒りや悲しみが津波のように押し寄せてきました。その怒りや悲しみは深く、息がうまくできないほど。
とても苦しくなった私はお墓に走りました。そしてお墓に突っ伏して大声で泣きました。
「なんで、なんで、なんで!」と言って、お墓を殴り続けました。叫んで叫んで叫んで殴って殴って殴って。
どのぐらい殴っていたのかは思い出せませんが、気がつくと私の手は血だらけになっていました。血がだらだらと流れています。痛みを少し感じました。そして空を見上げると、雲ひとつなく澄み渡っていました。その美しい空を見ていると、なぜだか、自分が今生きているということばかりが頭に浮かぶのです。
「血が流れるのも、呼吸して私が生きているからなんやな」と心からそう思いました。
普段、生きていながら、生きていることを意識していない自分に気付きました。
呼吸をして、心臓が動き、血液を体中に送り、私は生きている。だから血が流れる。当たり前に思えることを普段いかに意識せず、感謝せず過ごしてきたのかを、お墓の前で教えてもらったのです。その日から私は、生きていることそのものに感謝できるようになりました。
そして、生き方すべてを変えようと思ったのです。住む場所も生活もすべてを変えていかねば、死を持って気付かせてくれた「生きている」という大切なメッセージが無駄になるような気さえしました。
子どものいなかった私は、当時の結婚相手との離婚を選択し、別々の人生を歩むことにしたのです。

それから二年ほど経った私のおなかには、あの日のウメと同じように赤ちゃんがいました。私は二度目の結婚をしたのです。
自分がまさか結婚をし、お母さんになるなんて思ってもみない未来がここにありました。時間は流れています。思ったように流れない時間もありましたが、少しせり出してきたおなかをさするたび、ウメのことを思い出し温かい気持ちになるのでした。

ウメたちのお墓参りにきたときのことです。ウメとチョビンを埋葬している会社が倒産し、その土地をある会社が買い取り、グラウンドにするという話しを聞きました。私は耳を疑いました。
あの子たちのお墓の上がグラウンドになり、人がどかどかと走るなんて。きっとあの子たちは、そんなことどうでもいいよと思っていたのかもしれませんが、私にとっては一大事でした。
何日間か思い悩みましたが、私は思い切ってウメたちの骨を掘り起こすことに決めたのです。安らかに眠るウメたちにとって、そのことが良い判断なのかと考えると迷うところですが、お墓の上がコンクリートで埋められグラウンドになって、お墓に参ることもできなくなると思うと、いてもたってもいられない気持ちになってしまったのです。

とても暑い日でした。私は主人と二人でスコップを持ってお墓にいました。
実は私の主人は、犬や猫が大の苦手です。私が犬を触った手で、主人に触れるのも嫌がるぐらいに苦手だったので、まさか骨を掘り起こす作業を手伝ってくれるとは思ってもみませんでした。

 主人と出会ったころの私は、まだ喪失の悲しみの真っ只中にいました。ウメたちを失ったことを頭では理解していても、ふとすれ違う犬の鳴き声に楽しかった日々がよみがえり涙ぐんで立ち止まってしまうほどでした。
犬を飼ったことのない主人は、そんな私にどのように接していいのかわからなかったそうです。
ある日、玄関先で「これ」と言って手渡してきたのは、取っ手のついた小さなダンボールの箱でした。開けると、小さくて茶色いダックスフンドのメスの仔犬がプルプルと震えていました。
「この犬、どうしたん?」と聞いても主人は何も答えません。何も話さない主人でしたが、ふさぎこむ私へのプレゼントだと思うことにして、その犬に「ユキ」と名づけて世話をすることにしました。
 ですが主人は、自分で買ってきたにもかかわらず、ユキには一切触れないのです。ユキがそばに寄って行っても、汚いものを見るかのように逃げてしまいます。
そんな日が一年ほど続いたある日。仕事から帰った主人が玄関先でユキを抱いている姿がありました。
「おれな、ユキのこと触りもせんのにな、毎日、毎日な、仕事から帰ってきたら玄関に座って待ってるねん。毎日やで? こんなに嫌がってるのに……」と言って、ユキを抱きしめていました。その日から主人は、あれほど嫌がっていたユキと同じ布団で寝るようになったのです。

それからしばらくたったある日。
「ユキが死んだらと思ったら涙が出そうになった」と主人が言ったのです。そうして「はっ」とした表情をしました。
 ウメとチョビンを失った私の悲しみがどれほど深いものなのかを、ユキと置き換えることで初めて気付いたようでした。
 だからこそ、骨を掘り起こしたいという私の願いを静かに聞いてくれたのでしょう。

骨を掘る作業は、思っていた以上に困難を極めました。さすがの主人も、いくら場所を指し示しても、スコップに骨が当たってしまうことを恐れてしまって、なかなか掘り進められないのです。それもそのはずです。いくら私にとって愛しい犬たちであっても、飼い主ではない主人にとっては怖いに違いありません。それでも徐々に穴は深くなっていき、躊躇する主人に替わって、だいぶ掘り進んだ穴の中に入りました。
むわっと土の匂いが立ち込めます。大きなおなかが邪魔をして、うまくかがめないけれど、それでも汗だくになりながら小さなスコップで少しずつ堀り進めると、コツンと何かに当たりました。
私は慌ててスコップを離すと、手で土をよけました。するとそれは、赤い小さなタンバリンでした。鉄の部分は錆びてしまっていたけれど、間違いなくウメとチョビンが遊んでいたオモチャでした。
楽しかったあの日々が、まぶたの中にどっと押し寄せてきます。タンバリンをくわえて振りまわすウメの姿が浮かびました。涙が後から後から溢れてきます。私は涙をぬぐうこともせずに、一心に掘り続けました。
埋めたときと同じように、土だらけのふたつの頭の骨が並んでいました。骨になっていても、その頭の骨がウメなのか、チョビンなのかがわかりました。私はひとつひとつの骨についた土を丁寧に払いながら、この日のために用意をした銀色の缶箱に入れました。
そして、今は小さなハイツに住んでいるけれど、いつの日か庭つきの家を買って、ウメとチョビンの骨を埋めるからと約束をしたのです。

 生まれて初めての育児は、思っていた以上に大変なものでした。四六時中、おっぱいをあげ、家事をし、寝る時間も満足にとれません。あまりの寝不足に、寝ているのか起きているのかわからないような状態で、生まれたばかりの赤ちゃんの横に座っていると、あるニュースが目に留まりました。
それは、白黒の写真展の様子を写していました。どの写真にも可愛い犬たちが写っています。でもよく見ると、どの写真も檻ごしの写真なのです。
 アナウンサーの方は、この写真の犬たちが保健所で殺処分を待つ犬たちであることを伝えていました。この愛らしい瞳をカメラに向ける犬たちは、あと数分したら二酸化炭素ガスによって窒息死させられるのです。そして、その犬のほとんどが、飼い主自らの手で保健所に連れてこられた犬だというのです。私は驚き、目を見張りました。
 保健所に捨てにきた理由は、
「引越し先は犬を飼えない場所だから」
「次の犬を飼ったから」
「吠える声がうるさいから」
「咬むから」
「歳をとって世話が大変だから」
などでした。
 身勝手な理由に言葉も出ません。日本の法律が犬の死を「器物破損」として扱う意味がよくわかった気がしました。一部の動物を大切にする人たちを除いて、今の日本では動物をモノとして捉えている動きのほうが大きいと感じました。そのことが残念でなりませんでした。
次の日、早速テレビでやっていた写真展に足を運びました。テレビで放送されていたのはほんの一部にすぎなかったのです。
飼い主により保健所に連れてこられ、帰る飼い主を追いかけようとする犬や、動物実験に使われてゴミ箱に捨てられた動物たちや、化粧品の実験のために、頭だけが出る装置に入れられたウサギの目に延々と化粧品を入れ、目に穴が開くほどにただれたウサギたちの写真もありました。
物言わぬ動物たちの断末魔が、今にも聞こえてきそうな写真たちに胸が痛み、同時にあの日のウメたちが重なります。
この国の病んだ部分を目の当たりにして、何とも言えない気持ちで写真を眺めていると、ある男性が声をかけてきました。
「こういったお写真を見るのは初めてですか?」
なんとその方は、保健所で殺処分を待つ動物たちの写真を撮り続けているカメラマン本人だったのです。
その方は、今の日本における動物の扱いや現状を詳しく説明してくださいました。
お話を聞くにつれ、私の心に大きな動きが生まれていくのがわかりました。といっても、子供を生んだばかりの私に何ができるのかはわからない。けれど、この現状を知った今、何もせずにいることはできませんでした。
(この写真パネル展を私も開こう)
 私が写真の貸し出しをお願いすると、初対面にもかかわらず快く承諾してくださいました。生まれて初めての動物愛護活動の始まりです。
 写真の貸し出しはOKしてもらったものの、すぐに写真展というわけにはいきません。まだ何もわかっていない私は、保健所での殺処分の現状を自分なりに調べてみたのです。そうすると、考えてもみなかった驚くべき事実ばかりを知ることとなりました。
 現在、日本では毎年約三十万頭の犬や猫が保健所で殺処分されています。そのほとんどが、飼い主によって連れてこられるのです。
その犬や猫たちは、三日から五日の間に貰い手が見つからなければ、二酸化炭素ガスによって窒息死させられ殺されます。貰い手が見つかることはまれで、そのほとんどが殺処分されてしまうのが現状です。
 ウメのように惜しまれて死ぬ命は幸せなのかもしれません。そう思わずにいられない数字でした。保健所に連れていけば殺されることを知っている飼い主も、自分の手で動物を殺すわけではないので、罪の意識も薄いのかもしれません。知れば知るほど、胸が締め付けられる思いになりました。
日本という国は先進国といわれていて、文明が発達しているにもかかわらず、動物に対する扱いや意識は、世界の他の先進国と呼ばれる国と比較すると約五十年ほど遅れているそうです。
問題は山積みで、何から手をつけていいのかわからない状態です。ただただ「伝えなければ」という思いに突き動かされます。
この現状を、今まで知らなかった人にひとりでも多く伝えたい。知るまえと、知ったあとではきっと違う視点をもてるはず。そのためのスピーカーになろうと決意したのです。
決意した私はまず、ホームページを作りパネル展を手伝ってくれる人をそのホームページで募りました。
数人の方が協力してくださることになり、その数人で『地球船』という名の小さな団体を作りました。この名前は、生き物はすべて地球という大きな船に住む仲間だという意味をこめて、つけました。
一応、言い出しっぺの私が代表です。
活動は地道ながらも順調にすすみ、私の住んでいる市の市長さんがパネル展を開く施設を無料で貸し出してくださることになったのです。
そんな中、私たちの活動を聞きつけて連絡をしてきたおばさんがいました。
「私、優しいから捨てられてるのをほっとかれへんねん。あんたら動物愛護してんねやろ? この猫ちゃんどないかしたって」
と、ダンボールに入った子猫を満面の笑みで渡してきたのです。
 私はその行為にとても不快な気持ちになりました。そのおばさんが「優しい」などとは思えなかったのです。本当に優しい人は、拾った猫の貰い手を自分で探すはずです。確かに優しいからこそ見捨てられなかったのかもしれませんが、私にしたら、捨てた飼い主と同じことをしているように見えてしまったのです。
「申し訳ありませんが、私たち地球船は動物の現状を皆さんに知らせる活動のみなので、動物の保護をしておりません。どうかその猫ちゃんを可哀相に思うのであれば、ご自身で貰い手探しをしていただけますか」
 そう伝えると、驚いたことにそのおばさんは「あんた動物好きなんちゃうの! ケチやな! せっかく持ってきてやったのに! そんなん私、忙しいからできひんわ!」という言葉と猫を残して去っていきました。
 私はウメの子どもの貰い手探しをしたときと同じように、子猫の貰い手を懸命に探し、運良く飼い主さんを見つけることができました。
 私が保護活動をしないのには理由がありました。まず、保護活動をするためのお金がないこと。活動の基本すべてがボランティアだったからです。そして場所の問題。まして私は赤ちゃんを生んで間もないために、自分の生活だけで精一杯です。そんな私たちが保護活動をしても、中途半端になるどころか、自分たちの生活が成り立たなくなってしまいます。それは本末転倒ではないのかと思ってしまうのです。
ただ動物愛護活動をされている方の中には、そういった保護活動を軸になさっている団体も多く、頭の下がる思いでいたことも事実です。でもそのような身を削るような活動自体が、子猫を持ってきたおばさんのような「捨てればなんとかなる」という飼い主たちの温床なのではないかという思いが拭いきれませんでした。
保健所に取材に行ったときのことです。
担当者の男性が説明してくださっている途中に、ひとりのおばさんがダンボール箱を持ってきました。箱の中には、まだ目の開いていない生まれたばかりの子猫が七匹入っていました。話しを聞くと、飼っているメス猫が子どもを生んだのだそうです。世話をできないから保健所に連れてきたといいます。
「避妊手術はしないのですか?」と聞いた私に、おばさんは言いました。
「そんなんおなか切って手術するなんて、うちの猫ちゃんかわいそうやんか」
 保健所の方は、黙ってその子猫たちを受け取り、書類にサインをしてもらうためにおばさんと奥にいってしまいました。
「あの方ね、毎年子猫を持ってくるんですよ」
担当者の男性が私に言いました。
「毎年、避妊手術を勧めるのですが、飼っている猫がかわいそうと言っては、生まれてきた子猫を殺しにくるんです」
 私はそのあまりの身勝手さに言葉を失ってしまいました。言葉がまったく出てこないのです。
「悲しい仕事です。私たちの中で動物を嫌いな人間はおりませんから。われわれ職員は毎朝、殺処分された動物たちの慰霊碑に手をあわせているんですよ。仕事だと思って、心を機械のようにして毎日働くしかないのです。あのような飼い主がひとりでも減って欲しいと願っています。どうかパネル展でひとりでも多くの人たちに現実を知らせてくださいね」
そう言って、担当者の方は寂しそうな表情で微笑みました。

 保健所の担当者の方の言葉や、殺処分されていく動物たちや、ウメたちのことを胸に、パネル展を開催しました。駅の隣の小さな施設で開催したパネル展には約九百人もの人が足を運んでくれたのです。その中には、わざわざ四国から来てくださった方もいました。新聞社や雑誌社の方が取材に来てくださったりもしました。
私が開催したパネル展は数回だけでしたが、そういった運動を続けてこられた方たちの努力が実って、全国で頻繁に行われるようになり、大きな波となって二〇〇五年、ついに国を動かし動物愛護法という法律が改正されることとなりました。地球船ができて三年後のことです。
これまでの動物愛護法では、ペットで商売をすることにほとんど規制がなく、届出を出すだけでその日から動物の売買ができるほどにゆるいものでした。それが登録制となり、適切に動物を扱っていないと国が判断したときには、その権利を剥奪することができるようになりました。
次に、動物実験に使われる動物たちにたいする「痛み」や「苦痛」の軽減などの理念の追加です。そういった視点が全くなかったころと比べると、大きな意識の変化だと思います。
今まで曖昧だった、動物虐待や捨てることについても、罰則が三十万円から五十万円に引き上げられました。
ただ、法律が出来上がっても、それがきちんと機能していないと意味がありません。以前と比べるとずいぶん内容が濃くなったとはいえ、まだまだ改良をしていかないといけないと思います。
 地球船はその後パネル展などの活動をやめ、私が個人的に小学校や幼稚園などで動物に関する紙芝居などを読んでいました。
なぜなら、子どもたちの心にウメの死をきっかけにウメからもらった、温かく大切な目を持つ種を植えたいと思ったからです。動物と関わる素晴らしさの種をたくさん植えたいと思ったからです。
活動を続ける中で、たくさんのことを知り、たくさんの出来事がありました。問題の複雑さに頭を抱えていましたが、ある日気付いたことはとても簡単なことでした。
本当に大切なことは、たくさんの動物を救うような大それたことではなく、自分が出会った動物だけでいいから、生涯責任を持って飼うことだと気付いたからです。
もしそれが叶えば、誰も保健所に動物を連れていくことはないのですから。その簡単に思えることができていないことが問題だったのです。いつか当たり前のようにそんな日がくることを願ってやみません。

引越しを終え、私は銀色の缶箱を持って梅の木のそばに立ち、子どもを呼びました。「今からウメとチョビンのお墓を作るよー」
主人の掘った穴に、あの日と同じようにウメとチョビンの骨を埋葬しました。もちろんおもちゃも一緒です。
主人が土をかけようとしたとき、この十年肌身離さず持っていたウメとチョビンの首輪も一緒に入れることにしました。そのほうがいいと思ったのです。
「ほんまにええんか?」
主人は気を遣って聞いてくれましたが、もう私には必要ないと伝えました。ウメたちとの思い出は、溢れるほど私の胸の中にあるからです。
最後にあの日と同じように「おやすみ」といって、土をかけました。
「もう悲しまないで」と声が聞こえた気がしました。だからもう涙は流しません。
ウメとチョビンはやっと、安らかに眠りにつくことができたのです。
「なぁ、ママ、ウメとチョビンのこと聞かせて」
「ああ、そやったな。じゃあ、中で話そっか」

また来年の春になればたくさんの梅の花を咲かせ、たくさんの実をつけてくれることでしょう。
そうして命は永遠にめぐり続けるのです。





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 第12回「わんマン賞」受賞作品発表

■ これまでの受賞作品

posted by 公募 at 14:13| Comment(26) | 童話部門